陰符経 / 下篇・強兵戰勝演術章・愚人以天地
愚人以天地文理聖,我以時物文理哲。人以虞愚,我以不愚聖。人以期其聖,我以不期其聖。故以沉水入火,自取滅亡。
新字:愚人以天地文理聖,我以時物文理哲。人以虞愚,我以不愚聖。人以期其聖,我以不期其聖。故以沈水入火,自取滅亡。
書き下し
愚人は天地文理を以て聖とし、我は時物文理を以て哲とす。 人は虞愚を以てし、我は不愚を以て聖とす。 人は其の聖を期するを以てし、我は其の聖を期せざるを以てす。 故に水に沈めて火に入るるは、自ら滅亡を取るなり。
現代語訳
愚かな人は天地の文様や道理をそのまま聖と考えますが、私は時と物の文様や道理を見て哲(さとい)とします。 人は愚かさを案じて愚を恐れますが、私は愚かでないところに聖を見ます。 人は聖を期待して求めますが、私はその聖を期待しません。 だから、水に沈められた者が火に入るようなことをすれば、自分から滅亡を招くことになります。
解説
言い回しが入り組んでいて、注釈によって読みが大きく分かれる章句です。大意は、天地の形だけを聖なるものと崇めるのではなく、時と物の移り変わりに即して判断せよ、ということでしょう。聖を期待して追い求める態度を退けていますが、細部の解釈には確信が持てません。末尾の「水に沈めて火に入る」は、見当違いの行動で自滅することへの戒めと読めます。理想像を追うよりも、目の前の時と状況をよく見る。流行の手法を無批判に借りてこない、という現代の教訓にもつながります。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
愚人時物哲不愚聖を期せず自滅
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・修身・我を亡ぼす者は、我なり我を亡ぼす者は、我なり。人自ら亡びずんば、誰か能く之を亡ぼさん。
-
『都鄙問答』卷之二・或人親へ仕之事ヲ問之段菑害並び至る。善き者有りと雖も亦之を如何ともする無しと云へり。又親父も、家業のことを云はるゝは、禅門が云はせることゝ思へるは、汝大に過てり。禅門がこと理にあたるゆへ、義に責められて云はるゝなり。孟子曰く、家必ず自ら害ひて而る後人是を害ふと。今汝も職を忘れ、身を害ふことをなす。此こと得心なくば、家売り果てて後に思ひしらるべし。又汝は短気にて、毎々両親心遣ひせらるゝと聞く。いかなることぞや。
-
『甲陽軍鑑』品第六信長公の手にたつべき丹波の赤井悪右衛門も三ヶ年以前頸きれ疔と云ふ腫物にて逝去し、大方生れ替りになり、松永一人残居終に己が身に計策かかり、信長に敵をして不慮のけいさくに、松永も信長のためにうち死す、其年の七月より全く信長天下の主として、都の諸司代をも信長より知り給ふ、三善家の滅却は松永欲心を発し天下を望み、傍輩共不和になりし故也雖然修理太夫殿信心深く智恵才覚無双の人なる故、天下を二代知り給ふ、
-
『法句経』第十二 己身の部 一六四 実を結んで己を亡ぼす一六四 尊き如法なる聖人の教を譏る愚人は悪見に拠る、彼は劫吒迦樹の如く果熟すれば己を亡ぼす。
-
『甲陽軍鑑』品第四十奉公人の上に大身·小身の侍は申に及ばず、下々の者迄相手におそろしき人有、是は何人ぞ、見いだし候へと御諚なり、各不叶、そこにて信玄公仰らるゝ、無分別の人の事也、子細は彼無分別人、跡先をふまず、口にまかせ、手に任せ法外の仕形あり、左様の人はかならずつばぎはにてをくることいへども、よき分別有人は、かね〳〵せんさくをよくいたすにより、無分別者のがれたがる共、申いだしてからはのがさず、勝負を付るよき分別者が、あしき無分別の者と相手になり、いたづらに身を果すなれば、是を思案してみられよ、
-
尚書・西伯戡黎西伯既に黎を戡(か)つ、祖伊恐れ、奔りて王に告ぐ。曰く、「天子よ、天既に我が殷の命を訖(を)へんとす。格人元亀も、敢て吉を知る罔し。先王我が後人を相けざるに非ず、惟れ王淫戯して用て自ら絶つ。故に天我を棄て、康食有らず、天性を虞(はか)らず、率典に迪(したが)はず。今我が民喪びんことを欲せざる罔く、曰く、『天曷ぞ威を降さざる、大命摯(いた)らざる』と。今王其れ台(われ)を如何せん。」王曰く、「嗚呼(ああ)、