導師導古典を学びたいすべての人に

法句経 / 第二十六 婆羅門の部 三八六〜三八八 静慮して照る

三八六 靜慮し、離貪し、堅住し、已に所作を作し、心の穢なく、最上義を獲得せる人を我は婆羅門と謂ふ。 三八七 日は晝に照り、月は夜を照らし、兵は甲を擐して照り、婆羅門は靜慮して照り、佛は威光を以て一切迷妄の闇を照らす。 三八八 諸惡を去るが故に婆羅門なり、寂靜行のゆゑに沙門と謂はる、己の垢を除遣せるが故に出家と謂はる。

新字:三八六 静慮し、離貪し、堅住し、已に所作を作し、心の穢なく、最上義を獲得せる人を我は婆羅門と謂ふ。 三八七 日は昼に照り、月は夜を照らし、兵は甲を擐して照り、婆羅門は静慮して照り、仏は威光を以て一切迷妄の闇を照らす。 三八八 諸悪を去るが故に婆羅門なり、寂静行のゆゑに沙門と謂はる、己の垢を除遣せるが故に出家と謂はる。

書き下し

三八六 静慮し、離貪し、堅住し、已に所作を作し、心の穢なく、最上義を獲得せる人を我は婆羅門と謂ふ。 三八七 日は昼に照り、月は夜を照らし、兵は甲を擐して照り、婆羅門は静慮して照り、仏は威光を以て一切迷妄の闇を照らす。 三八八 諸悪を去るが故に婆羅門なり、寂静行のゆゑに沙門と謂はる、己の垢を除遣せるが故に出家と謂はる。

現代語訳

静かに瞑想し、貪りを離れ、揺るがずにとどまり、なすべきことをすでになし終え、心の汚れがなく、最上の目的を得た人を、私は婆羅門と呼ぶ。太陽は昼に輝き、月は夜を照らし、武人は甲冑を着けて輝き、婆羅門は静慮して輝く。仏は威光によって一切の迷いの闇を照らす。悪を除き去るがゆえに婆羅門であり、静かな行いのゆえに沙門(修行者)と呼ばれ、自らの垢を除き去ったがゆえに出家と呼ばれる。

解説

三八七偈は、それぞれのものにふさわしい輝き方を並べる。日は昼に、月は夜に、武人は鎧をまとって、婆羅門は静慮して照る。輝きには場所と装いがあるということだ。そして仏は、その全部を包むように迷妄の闇を照らす。列挙の最後に視点が大きく開く構成である。三八八偈は語呂合わせでできている。荻原の注が言うように、パーリ語では「去る(バーヒタ)」と婆羅門(ブラーフマナ)、「寂静(サマチャリヤー)」と沙門(サマナ)、「除遣(パッバージャヤ)」と出家(パッバジタ)の音が似ている。肩書きの語源を行いの中に探し直す、いわば名前の再定義である。役職名や資格名についても、その名にふさわしい中身が何かを、ときどき言葉から問い直してみる価値がある。

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る