法句経 / 第二十五 比丘の部 三七〇〜三七二 静慮と慧
三七〇 五を斷ち、五を捨て、また五を勤修せよ、五著を超えたる比丘は已度暴流者と謂はる。 三七一 比丘よ、靜慮せよ、放逸なる勿れ、汝の心を妙欲に住めざれ、放逸にして(熱)鐵丸を呑む勿れ、燒かるゝ時に至りて、是苦なりと叫ぶ勿れ。 三七二 慧なき人に靜慮なし、靜慮せざる人に慧なし、靜慮と慧とある人は已に涅槃に近づけり。
新字:三七〇 五を断ち、五を捨て、また五を勤修せよ、五著を超えたる比丘は已度暴流者と謂はる。 三七一 比丘よ、静慮せよ、放逸なる勿れ、汝の心を妙欲に住めざれ、放逸にして(熱)鉄丸を呑む勿れ、焼かるゝ時に至りて、是苦なりと叫ぶ勿れ。 三七二 慧なき人に静慮なし、静慮せざる人に慧なし、静慮と慧とある人は已に涅槃に近づけり。
書き下し
三七〇 五を断ち、五を捨て、また五を勤修せよ、五著を超えたる比丘は已度暴流者と謂はる。 三七一 比丘よ、静慮せよ、放逸なる勿れ、汝の心を妙欲に住めざれ、放逸にして(熱)鉄丸を呑む勿れ、焼かるゝ時に至りて、是苦なりと叫ぶ勿れ。 三七二 慧なき人に静慮なし、静慮せざる人に慧なし、静慮と慧とある人は已に涅槃に近づけり。
現代語訳
五つを断ち、五つを捨て、さらに五つを勤めて修めよ。五つの執着を超えた比丘は「すでに激流を渡り終えた者」と呼ばれる。比丘よ、静かに瞑想せよ(静慮)。怠るな。あなたの心を欲望の対象にとどめるな。怠って焼けた鉄の玉を呑むな。焼かれるときになって「これは苦しい」と叫ぶな。智慧のない人に静慮はなく、静慮しない人に智慧はない。静慮と智慧とを備えた人は、すでに涅槃(煩悩の火が消えた安らぎ)に近づいている。
解説
関連する章句
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『法句経』第二 不放逸の部 二五〜二七 暴流に漂はぬ洲二五 奮励により、不放逸により、制御により、又訓練により智者は暴流に漂蕩せられざる洲を作るべし。 二六 愚なる凡夫は放逸に耽る、智者は不放逸を護ること猶ほ珍財を護るが如くす。 二七 放逸に耽る勿れ、欲楽を習ふ勿れ、静慮不放逸なる人は大なる楽を得。
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