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法句経 / 第二十一 雑の部 二九三〜二九五 母と父とを殺し

二九三 人若し常に善く勤めて身を念ずれば不應作を作さず、斷えず所應作を作し、正しく、正知にして心の穢れ盡く。 二九四 母と父とを殺し、又二王を害し、國及び隨行を誅し、婆羅門は害なく過ぐ。 二九五 母と父と及び二の婆羅門王を逆害し、虎第五怨を除き、婆羅門は害なく過ぐ。

新字:二九三 人若し常に善く勤めて身を念ずれば不応作を作さず、断えず所応作を作し、正しく、正知にして心の穢れ尽く。 二九四 母と父とを殺し、又二王を害し、国及び随行を誅し、婆羅門は害なく過ぐ。 二九五 母と父と及び二の婆羅門王を逆害し、虎第五怨を除き、婆羅門は害なく過ぐ。

書き下し

二九三 人若し常に善く勤めて身を念ずれば不応作を作さず、断えず所応作を作し、正しく、正知にして心の穢れ尽く。 二九四 母と父とを殺し、又二王を害し、国及び随行を誅し、婆羅門は害なく過ぐ。 二九五 母と父と及び二の婆羅門王を逆害し、虎第五怨を除き、婆羅門は害なく過ぐ。

現代語訳

人がもし常によく努めて身体を念じる(身体のありようを見失わずに観察し続ける)ならば、為すべきでないことを為さず、絶えず為すべきことを為し、正しく、正しく知って、心の汚れは尽きる。母と父とを殺し、また二人の王を害し、国とその従者を滅ぼして、婆羅門(真の修行者)は害を受けることなく過ぎ去る。母と父と二人の婆羅門の王とを殺し、虎を第五とする怨敵を除いて、婆羅門は害を受けることなく過ぎ去る。

解説

雑の部の中でもとりわけ人を驚かせる二偈が、身を念ずる修行を説く偈に続く。母と父を殺し、王を害し、国を滅ぼした者が無傷で過ぎ去る——字面だけ読めば大逆の肯定である。だが荻原の注が示すとおり、すべては喩えである。母は愛欲、父は「我あり」という慢心、二王は断見と常見(死ねば無になるという見方と、永遠に続くという見方)、国は眼耳鼻舌身意とその対象からなる十二処、従者は喜びと貪り、虎を第五とする怨は心を覆う五蓋を指す。殺すべきは他人ではなく、自分の内にあって自分を育て守ってきたものなのだ。「婆羅門」もここでは生まれではなく、それを成し遂げた修行者の呼び名である。自分を形づくってきた思い込みほど手放しにくい。改革が進まないとき、壊すべきものが内側の前提にないかを問うてみる価値はある。

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