法句経 / 第二十 道の部 二八三〜二八五 林を伐れ、樹を伐る勿れ
二八三 林を伐れ、樹を伐る勿れ、林より怖畏を生ず、林と株とを伐りて、比丘衆よ、無林となれ。 二八四 男子が女人に於て最少の愛あるも此を斷たざる間は其の意繋縛せらる、乳を飮む犢子の母に於けるが如し。 二八五 己の愛を斷て、秋の蓮を手にて(斷つが)如く、寂の道を養へ、善逝涅槃を説く。
新字:二八三 林を伐れ、樹を伐る勿れ、林より怖畏を生ず、林と株とを伐りて、比丘衆よ、無林となれ。 二八四 男子が女人に於て最少の愛あるも此を断たざる間は其の意繋縛せらる、乳を飲む犢子の母に於けるが如し。 二八五 己の愛を断て、秋の蓮を手にて(断つが)如く、寂の道を養へ、善逝涅槃を説く。
書き下し
二八三 林を伐れ、樹を伐る勿れ、林より怖畏を生ず、林と株とを伐りて、比丘衆よ、無林となれ。 二八四 男子が女人に於て最少の愛あるも此を断たざる間は其の意繋縛せらる、乳を飲む犢子の母に於けるが如し。 二八五 己の愛を断て、秋の蓮を手にて(断つが)如く、寂の道を養へ、善逝涅槃を説く。
現代語訳
林を伐れ、一本の樹を伐るのではない。林から恐れが生じる。林と切り株とを伐って、比丘たちよ、林なき者(涅槃に至った者)となれ。男が女に対してほんのわずかでも愛着をもち、それを断ち切らないうちは、その心は縛られている。乳を飲む子牛が母牛を慕って離れないように。秋の蓮を手で折り取るように、自分の愛着を断て。寂静の道を養え。善逝(仏陀)は涅槃を説いている。
解説
言葉の掛け合わせが幾重にも重なった三偈である。荻原の注によれば、「林」の原語は欲の意も持ち、「株」の原語は愛着の意を持つ。そして「無林」は涅槃と音が近い。林を伐って無林になれ、は欲を断って涅槃に至れ、と重ねて読める仕掛けである。一本の樹ではなく林を伐れと言うのは、個々の欲を一つずつ片づけるのでは足りず、欲の茂み全体を相手にせよということだろう。切り株まで伐れというのは、根が残ればまた芽吹くからだ。二八四偈の乳を飲む子牛の比喩は、わずかな愛着でも心は離れられないことを、二八五偈の秋の蓮は、枯れかけた茎を手で折るようにあっさりと断てと言う。習慣や思い込みを変えるとき、目立つ一本だけを伐って満足していないか、根は残っていないかを考える手がかりになる。
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