法句経 / 第二十四 愛欲の部 三三七 愛欲の根を掘れ
三三七 是に由て我汝等に誨ゆ、此處に來會せる者は悉く愛欲の根を掘れ、優尸羅を求むる人は毘羅拏草を(掘るが如く)、以て流れが葦を(穿つが)如く魔羅をして數しば汝等を壞らざらしめよ。
新字:三三七 是に由て我汝等に誨ゆ、此処に来会せる者は悉く愛欲の根を掘れ、優尸羅を求むる人は毘羅拏草を(掘るが如く)、以て流れが葦を(穿つが)如く魔羅をして数しば汝等を壊らざらしめよ。
書き下し
三三七 是に由て我汝等に誨ゆ、此処に来会せる者は悉く愛欲の根を掘れ、優尸羅を求むる人は毘羅拏草を(掘るが如く)、以て流れが葦を(穿つが)如く魔羅をして数しば汝等を壊らざらしめよ。
現代語訳
だから私はあなたたちに教える。ここに集まった者は皆、愛欲の根を掘り起こせ。優尸羅(ウシーラ、香りのよい薬草の根)を求める人がビーラナ草を掘り起こすように。そうして、流れが葦を押し流すように、魔羅(死と煩悩の魔)があなたたちを何度も打ち砕くことのないようにせよ。
解説
愛欲の部の冒頭三偈を受けて、釈尊が集まった者たちに直接呼びかける偈である。比喩は前の偈の「茂れる毘羅拏草」を引き継ぐ。ビーラナ草の根はウシーラと呼ばれ、香りがよく、体を冷やす薬として用いられた。それを得たい人は、地上の草を刈るのではなく根まで掘り起こす。愛欲も同じで、茂った葉を払っても根が残ればまた生える。もう一つの比喩は、川の流れと葦である。岸辺の葦は、流れが来るたびに押し倒される。根を掘らずにいれば、魔羅(マーラ)に何度でも倒される。荻原の注は魔羅を、煩悩と、因縁が積み集まって成る身心と、死の魔と説く。一度勝てば終わる相手ではなく、繰り返し押し寄せる流れとして描かれている点に注意したい。表面の症状を刈るのか、根を掘るのか。同じ問題が何度も起きるとき、手を入れるべき深さを考える材料になる。
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