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法句経 / 第十六 愛好の部 二一七〜二二〇 福業に迎へらる

二一七 戒と見とを具へ、正しく、實語し、自の所作を作す人は衆に愛せらる。 二一八 無名を希望し、作意して怠らず、心諸欲に拘礙せられざれば、彼は上流と名づけらる。 二一九 久しく遠方に行き安全にして還る人を親戚及び朋友が歡こんで迎ふる如く、 二二〇 是の如く福を造り此の世より他(世)に往ける人は、福業に迎へらる、還り來れる所愛が親戚に(迎へらるゝが)如く。

新字:二一七 戒と見とを具へ、正しく、実語し、自の所作を作す人は衆に愛せらる。 二一八 無名を希望し、作意して怠らず、心諸欲に拘礙せられざれば、彼は上流と名づけらる。 二一九 久しく遠方に行き安全にして還る人を親戚及び朋友が歓こんで迎ふる如く、 二二〇 是の如く福を造り此の世より他(世)に往ける人は、福業に迎へらる、還り来れる所愛が親戚に(迎へらるゝが)如く。

書き下し

二一七 戒と見とを具へ、正しく、実語し、自の所作を作す人は衆に愛せらる。 二一八 無名を希望し、作意して怠らず、心諸欲に拘礙せられざれば、彼は上流と名づけらる。 二一九 久しく遠方に行き安全にして還る人を親戚及び朋友が歓こんで迎ふる如く、 二二〇 是の如く福を造り此の世より他(世)に往ける人は、福業に迎へらる、還り来れる所愛が親戚に(迎へらるゝが)如く。

現代語訳

戒めと正しい見解とを備え、正しく、真実を語り、自分のなすべきことをなす人は、人々に愛される。言葉では言い表せないもの(涅槃)を望み、心を注いで怠らず、心がもろもろの欲に妨げられないならば、その人は「流れを上る者」と名づけられる。長く遠方に出かけていた人が無事に帰ってくるのを、親族や友人が喜んで迎えるように、そのように、善い行いを積んでこの世から次の世へ往った人は、その善い行いに迎えられる。愛しい人が帰ってきたのを親族が(迎える)ように。

解説

「愛好の部」を締めくくる四偈である。前の偈までは愛が憂いと恐れを生むと説いてきたが、ここでは一転して、人に愛される人の姿が描かれる。戒と見を備え、真実を語り、自分の務めを果たす人である。二一八偈の「無名」を荻原は涅槃と注する。名づけえぬもの、言い表しえぬものを望む人を「上流」と呼ぶ。生死の流れをさかのぼる者、の意である。最後の二偈の比喩があたたかい。長い旅から無事に戻った人を、家族や友人が喜んで迎える。そのように、福を積んだ人は他世へ行くと、自分の積んだ福業に迎えられるという。輪廻を前提とした世界観の言い方だが、行いが人を先回りして待っている、という像は印象的である。積み重ねてきた仕事が、いつか自分を迎えてくれる、と読むこともできる。

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