法句経 / 第一 双叙の部 一八 両処に慶ぶ
一八 現世に慶こび、死して後慶こび、福を造れる人は兩處に慶こぶ、「我れ福を造れり」と惟うて慶こび、善趣に生じて更に慶こぶ。
新字:一八 現世に慶こび、死して後慶こび、福を造れる人は両処に慶こぶ、「我れ福を造れり」と惟うて慶こび、善趣に生じて更に慶こぶ。
書き下し
一八 現世に慶こび、死して後慶こび、福を造れる人は両処に慶こぶ、「我れ福を造れり」と惟うて慶こび、善趣に生じて更に慶こぶ。
現代語訳
この世で喜び、死んだ後にも喜び、福をつくった人は二つの場所で喜ぶ。「私は福をなした」と思って喜び、善趣(天界などの安楽な世界)に生まれてさらに喜ぶ。
解説
十七偈と対をなし、十五偈から続く二組の対句を締めくくる一偈である。罪を造った人が「我れ悪を造れり」と悩み、悪趣に堕ちて更に悩むのに対し、福を造った人は「我れ福を造れり」と慶こび、善趣に生まれて更に慶こぶ。善趣・悪趣は、行いに応じて天や人、あるいは地獄や餓鬼に生まれ変わるという古代インドの世界観の言葉である。ここでいう福とは功徳、すなわち他を益する善い行いを指す。偈の順序は十七偈と同じで、まず現世で自分の行いを思い返して慶こび、そのうえに死後の慶こびが重なる。報いは遠い未来にだけあるのではなく、思い返したときにすでに来ている。胸を張って振り返れる仕事を一つずつ積むことは、誰に認められるかとは別に、それ自体が支えになる。
関連する章句
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