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法句経 / 第十四 仏陀の部 一九三〜一九六 和合衆の勇進は楽なり

一九三 尊き人は得難し、彼は隨處に生るゝに非ず、是の如き賢人の生るる族は安樂にして榮ゆ。 一九四 諸佛の出現は樂なり、正法を演説するは樂なり、僧衆の和合するは樂なり、和合衆の勇進するは樂なり。 一九五 應に供養せらるべき、戲論を超出せる、已に憂と愁とを渡れる、佛陀又は佛弟子を供養し、 一九六 是の如き安穩にして畏怖なき(聖者)を供養する人あらんに、能く此の福の量を計るものあらじ。

新字:一九三 尊き人は得難し、彼は随処に生るゝに非ず、是の如き賢人の生るる族は安楽にして栄ゆ。 一九四 諸仏の出現は楽なり、正法を演説するは楽なり、僧衆の和合するは楽なり、和合衆の勇進するは楽なり。 一九五 応に供養せらるべき、戯論を超出せる、已に憂と愁とを渡れる、仏陀又は仏弟子を供養し、 一九六 是の如き安穏にして畏怖なき(聖者)を供養する人あらんに、能く此の福の量を計るものあらじ。

書き下し

一九三 尊き人は得難し、彼は随処に生るゝに非ず、是の如き賢人の生るる族は安楽にして栄ゆ。 一九四 諸仏の出現は楽なり、正法を演説するは楽なり、僧衆の和合するは楽なり、和合衆の勇進するは楽なり。 一九五 応に供養せらるべき、戯論を超出せる、已に憂と愁とを渡れる、仏陀又は仏弟子を供養し、 一九六 是の如き安穏にして畏怖なき(聖者)を供養する人あらんに、能く此の福の量を計るものあらじ。

現代語訳

尊い人は得がたい。彼はどこにでも生まれるわけではない。このような賢い人の生まれる一族は、安楽にして栄える。諸仏が世に現れることは楽しい。正しい教えを説くことは楽しい。僧の集まりが和合することは楽しい。和合した集まりが勇んで進むことは楽しい。供養を受けるにふさわしく、無益な議論(戯論)を超え出て、すでに憂いと悲しみを渡り終えた仏陀または仏弟子を供養し、このように安らかで恐れのない(聖者)を供養する人があるならば、その功徳の量を計ることのできる者はいない。

解説

「仏陀の部」を締めくくる四偈である。中心は一九四偈の四つの「楽」で、仏の出現、法の説示、僧の和合、和合した僧の勇進が順に挙げられる。仏・法・僧の三宝がそれぞれ「楽」として並ぶのだが、最後に「和合衆の勇進」が加わるのが目を引く。仲良くまとまることで終わらず、まとまった集団が勇んで進むところまでを楽と呼ぶ。和合は目的ではなく、前へ進むための条件なのだ。前後の偈は、尊い人の得がたさと、その人を敬うことの功徳を説く。「戯論を超出せる」とは、実りのない議論や概念の遊びを超えた、という意味である。賢者は随所に生まれるわけではなく、その人を得た一族は栄える。人材の得がたさと、まとまった集団が前に進むときの喜び。組織を率いる人にとって、和と前進を同時に保つことの意味を考えさせる。

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