法句経 / 第十四 仏陀の部 一八四〜一八六 諸仏の教え
一八四 苦を忍受する忍は最勝の苦行なり、涅槃を第一とす、(是れ)諸佛の説なり、他を損ふ出家なく、他を惱ます沙門なし。 一八五 誹らず、害はず、言動を愼しみ、食するに量を知り、閑靜の處に坐臥し、專心に思惟す、是れ諸佛の教なり。 一八六 天金錢を雨すも欲は尚ほ飽くことなし、欲は味少なく苦なりと識る人は賢なり。
新字:一八四 苦を忍受する忍は最勝の苦行なり、涅槃を第一とす、(是れ)諸仏の説なり、他を損ふ出家なく、他を悩ます沙門なし。 一八五 誹らず、害はず、言動を慎しみ、食するに量を知り、閑静の処に坐臥し、専心に思惟す、是れ諸仏の教なり。 一八六 天金銭を雨すも欲は尚ほ飽くことなし、欲は味少なく苦なりと識る人は賢なり。
書き下し
一八四 苦を忍受する忍は最勝の苦行なり、涅槃を第一とす、(是れ)諸仏の説なり、他を損ふ出家なく、他を悩ます沙門なし。 一八五 誹らず、害はず、言動を慎しみ、食するに量を知り、閑静の処に坐臥し、専心に思惟す、是れ諸仏の教なり。 一八六 天金銭を雨すも欲は尚ほ飽くことなし、欲は味少なく苦なりと識る人は賢なり。
現代語訳
苦しみを耐え忍ぶ忍耐は最上の苦行である。涅槃(煩悩の火が消えた安らぎ)を第一とする。これが諸仏の説くところである。他を損なう者は出家者ではなく、他を悩ます者は沙門(修行者)ではない。そしらず、害さず、言葉と行いを慎み、食べるには量をわきまえ、静かな所に坐し臥し、心を専らにして思索する。これが諸仏の教えである。天が金貨を雨のように降らせても、欲はなお飽き足りることがない。欲は味わいが少なく苦しみであると知る人は賢い。
解説
関連する章句
-
『法句経』第十七 忿怒の部 二二四〜二二六 実を語れ、忿る勿れ二二四 実を語れ、忿る勿れ、乞はるゝときは(己の物)少なしと雖も之を与へよ、此の三事によりて天処に往くを得ん。 二二五 諸の賢人若し常に身を護り、害せざるときは、不死の処に往く、往き已りて愁へず。 二二六 人恒に覚寤し、昼夜に勤学し、涅槃を信解すれば(彼の)心穢は滅尽す。
-
『法句経』第十四 仏陀の部 一八二・一八三一八二 人身を得ること難し、生れて寿あること難し、妙法を聞くこと難し、諸仏世に出ること難し。 一八三 諸の悪を作さず、善を奉行し、自心を浄む、是れ諸仏の教なり。
-
『法句経』第六 賢哲の部 八九 現世にて涅槃に入る八九 心は正しき菩提の要素を正しく修習し、執著無く、執著を棄つることを楽しみ、心の穢を尽し、知見を具する人は、現世に於て(已に)涅槃に入れるなり。
-
『法句経』第十四 仏陀の部 一七九〜一八一 自ら勝ちて他に勝たれず一七九 已に自ら勝つて(他に)勝たれず、他人の達する能はざる勝利を得たる彼の(智見)無辺の仏陀を、如何なる道に由つて邪道に導かんとするや。 一八〇 誘惑し阻礙する愛の為に導き去らるゝことなき、彼の(智見)無辺の仏陀を、如何なる道に由つて邪道に導かんとするや。 一八一 賢人は静慮を専修し出家の寂静を喜こぶ、諸神すら此の正等覚熟慮者を羨やむ。
-
『忍経』王龍舒勸誡・六度萬行は忍を第一と為す佛曰く「我無諍三昧を得て、最も人中の第一と為る」と。又曰く「六度萬行、忍を第一と為す」と。 『涅盤經』に云ふ、昔一人有り、佛を讚めて大福德の相と為す。聞く者乃ち大いに怒りて、曰く「生まれて才かに七日にして、母便ち命中す。何者か大福德と為さん」と。相讚むる者曰く「年志俱に盛んにして卒暴の打つ為と為るも瞋らず、罵らるるも亦報いず、大福德の相に非ずや」と。怒る者心服す。
-
『法句経』第二十 道の部 二七三〜二七五 八支を勝とす二七三 諸道の中にて八支を勝とし、諸諦の中に於て四句を(勝とし)、諸徳の中に於て離欲を勝とし、二足の中に於て具眼を(勝とす)。 二七四 是れ即ち正しき思想の道なり、他に(正しき思想の)道なし、汝等是を実行せよ、此(の世)は魔羅の幻化なり。 二七五 汝等此(の道)を実行すれば当に苦を尽すべし、我已に(毒)箭の除滅することを悟り、汝等に道を説く。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る