法句経 / 第十四 仏陀の部 一八二・一八三
一八二 人身を得ること難し、生れて壽あること難し、妙法を聞くこと難し、諸佛世に出ること難し。 一八三 諸の惡を作さず、善を奉行し、自心を淨む、是れ諸佛の教なり。
新字:一八二 人身を得ること難し、生れて寿あること難し、妙法を聞くこと難し、諸仏世に出ること難し。 一八三 諸の悪を作さず、善を奉行し、自心を浄む、是れ諸仏の教なり。
書き下し
一八二 人身を得ること難し、生れて寿あること難し、妙法を聞くこと難し、諸仏世に出ること難し。 一八三 諸の悪を作さず、善を奉行し、自心を浄む、是れ諸仏の教なり。
現代語訳
人としての身を得ることは難しい。生まれて寿命があることは難しい。妙なる法を聞くことは難しい。諸仏が世に出ることは難しい。もろもろの悪をなさず、善を行い、自らの心を浄める。これが諸仏の教えである。
解説
一八三は「七仏通誡偈」として日本でも広く知られ、「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」の漢訳で読誦されてきた。唐の詩人・白居易が道林禅師に仏法の大意を問い、この句を答えられて「三歳の童子でも言える」と言ったところ、「三歳の童子でも言えるが、八十の老人でも行えない」と返された逸話が有名である。教えの全体がわずか三句に畳まれている。悪をやめる、善を行う、心を浄める。前の二つは行いで、最後の一つだけが内側にある。行いだけでは足りないことが、この並びに示されている。前置きの一八二も見逃せない。人と生まれ、寿命があり、法を聞き、仏に出会う——四つとも「難し」と重ねたうえで、その果てに置かれるのがこの平易な三句である。
この章句が説くこと
七仏通誡偈諸悪莫作衆善奉行自浄其意人身受け難し
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