法句経 / 第十 刀杖の部 一四四・一四五 善行者は己を調う
一四四 信に由り戒に由り又勇猛に由り心統一に由りまた眞理の簡擇に由り、明と行とを具足し失念せず、此の少なからざる苦を捨離せよ。 一四五 疏水師は水を導びき、矢人は箭を調へ、木工は木を調へ、善行者は己を調ふ。
新字:一四四 信に由り戒に由り又勇猛に由り心統一に由りまた真理の簡択に由り、明と行とを具足し失念せず、此の少なからざる苦を捨離せよ。 一四五 疏水師は水を導びき、矢人は箭を調へ、木工は木を調へ、善行者は己を調ふ。
書き下し
一四四 信に由り戒に由り又勇猛に由り心統一に由りまた真理の簡択に由り、明と行とを具足し失念せず、此の少なからざる苦を捨離せよ。 一四五 疏水師は水を導びき、矢人は箭を調へ、木工は木を調へ、善行者は己を調ふ。
現代語訳
信によって、戒によって、また勇猛な努力によって、心の統一によって、また真理を見分けることによって、智慧と行いとを備え、気づきを失わずに、この少なくない苦しみを捨て離れよ。水路を造る人は水を導き、矢を作る人は矢を調え、大工は木を調え、善く行う人は自分を調える。
解説
「刀杖の部」の結びに近い二偈である。一四四偈は、苦を捨てるための道具立てを列挙する。信、戒、精進、定、そして真理の簡択、すなわち何が真で何が偽かを見分けること。明と行、智慧と実践を備え、失念しない、つまり気づきを保つ。前の偈の良馬のように鞭を受けて励む、その励み方の中身がここで示される。一四五偈は職人の比喩で、第六章の八〇偈とほぼ同じ形が繰り返される。水路を掘る人は水の流れを導き、矢師は矢柄のゆがみを矯め、大工は木を削って整える。いずれも素材の性質を知り、手をかけて形を整える仕事である。善行者はその素材を自分自身に置く。刀杖で他者を打つ章の終わりに、打つのではなく調える、しかも自分を、という転換が置かれている。人を変えようとする前に自分を整えるという順序を、職人の手つきが教えてくれる。
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