論語 / 子罕篇
子曰:吾未見好德如好色者也。
新字:子曰:吾未見好徳如好色者也。
書き下し
子曰わく、吾未だ徳を好むこと色を好むが如き者を見ず。
現代語訳
人は美しいものには惹かれるが、徳を磨くことには怠ける。
解説
人は美しいものや心地よいものには自然と強く惹かれますが、人としての生き方を磨くこと(徳)には、なかなか同じような熱意を向けられない、という孔子の嘆きです。目先の楽しみや見栄えの良いものには財布のひもも緩みますが、人柄を高めたり、地道な努力を続けたりすることには、腰が重くなりがちです。会社でも家庭でも、目新しい流行や見た目の魅力にはすぐ飛びつく人が多い一方、誠実さやまじめさを地道に積み重ねることの価値は、つい後回しにされがちです。だからこそ、地道な努力や人としての在り方の大切さを、周りに繰り返し粘り強く示し続けることが、上に立つ人には求められるのだという教えとして読むことができます。
この章句が説くこと
自己修養理念企業文化ビジョンエンゲージメント
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