法句経 / 第十 刀杖の部 一四一〜一四三 鞭に応える良馬
一四一 露形も螺髻も泥灰も斷食も、又地臥も塵糞も蹲踞の勞も疑を離れざる衆生を淨めず。 一四二 (身を)嚴飾せずと雖も、行ふ所公平に、寂靜に、調柔に、恣ままならず、淨行を行じ、一切群生を傷害せざる人は婆羅門なり、彼は沙門なり、彼は比丘なり。 一四三甲 誰か世間に於て慚を以て己を制するものぞ、非難の起るを知つて此を避くること良馬の鞭に於けるが如く、 一四三乙 鞭を加へられたる良馬の如く汝等應に努力せよ。
新字:一四一 露形も螺髻も泥灰も断食も、又地臥も塵糞も蹲踞の労も疑を離れざる衆生を浄めず。 一四二 (身を)厳飾せずと雖も、行ふ所公平に、寂静に、調柔に、恣ままならず、浄行を行じ、一切群生を傷害せざる人は婆羅門なり、彼は沙門なり、彼は比丘なり。 一四三甲 誰か世間に於て慚を以て己を制するものぞ、非難の起るを知つて此を避くること良馬の鞭に於けるが如く、 一四三乙 鞭を加へられたる良馬の如く汝等応に努力せよ。
書き下し
一四一 露形も螺髻も泥灰も断食も、又地臥も塵糞も蹲踞の労も疑を離れざる衆生を浄めず。 一四二 (身を)厳飾せずと雖も、行ふ所公平に、寂静に、調柔に、恣ままならず、浄行を行じ、一切群生を傷害せざる人は婆羅門なり、彼は沙門なり、彼は比丘なり。 一四三甲 誰か世間に於て慚を以て己を制するものぞ、非難の起るを知つて此を避くること良馬の鞭に於けるが如く、 一四三乙 鞭を加へられたる良馬の如く汝等応に努力せよ。
現代語訳
裸で行じることも、螺髻(髪を切らずに巻き上げる苦行)も、泥灰を身に塗ることも、断食も、また地面に臥すことも、塵と糞にまみれることも、うずくまり続ける苦行も、疑いを離れていない衆生を清めはしない。(身を)飾り立てていなくても、行いが公平で、静かで、柔和で、ほしいままにせず、清らかな行いを行い、一切の生き物を傷つけない人は、婆羅門であり、沙門であり、比丘である。世間において、恥を知ることによって自分を制する者は誰か。非難が起こるのを知ってそれを避けること、良い馬が鞭に対するように。鞭を当てられた良い馬のように、あなたたちは努め励むべきである。
解説
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