法句経 / 第八 千の部 一〇九 寿と美と楽と力
一〇九 能く禮敬を守り、常に長老を尊ぶものには四事増長す、壽と美と樂と力と。
新字:一〇九 能く礼敬を守り、常に長老を尊ぶものには四事増長す、寿と美と楽と力と。
書き下し
一〇九 能く礼敬を守り、常に長老を尊ぶものには四事増長す、寿と美と楽と力と。
現代語訳
よく礼節を守り、常に年長者を尊ぶ人には、四つのものが増してゆく。寿命と、容色と、安楽と、力とである。
解説
「千の部」の中で、ひときわ短く平明な一偈である。前の三偈が祭祀の量と人への敬いを比べたのを受けて、敬うことそのものの果報を具体的に数え上げる。礼敬を守り、長老を尊ぶ者には、寿命と美しさと安楽と力の四つが増すという。長老はパーリ語でヴッダ、年長者であると同時に、徳において成熟した人を含む言葉である。宗教的な境地ではなく、長生きや容姿や体力といった現世の幸福を正面から約束しているのが目を引く。在家の人々にも届く言葉として語られたのだろう。敬う側がなぜ得をするのかは説明されていないが、経験ある人に耳を傾ける者は、失敗を避け、心穏やかに、力を蓄えられる、と読むこともできる。先人や先輩から学ぶ姿勢が、結局は自分の実りになるという素朴な知恵として受け取ってよい。
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