説苑 / 善說
子貢見太宰嚭,太宰嚭問曰:「孔子何如?」對曰:「臣不足以知之。」太宰曰:「子不知,何以事之?」對曰:「惟不知,故事之,夫子其猶大山林也,百姓各足其材焉。」太宰嚭曰:「子增夫子乎?」對曰:「夫子不可增也。夫賜其猶一累壤也,以一累壤增大山,不益其高,且為不知。」太宰嚭曰:「然則子有所酌也。」對曰:「天下有大樽而子獨不酌焉,不識誰之罪也。」
新字:子貢見太宰嚭,太宰嚭問曰:「孔子何如?」対曰:「臣不足以知之。」太宰曰:「子不知,何以事之?」対曰:「惟不知,故事之,夫子其猶大山林也,百姓各足其材焉。」太宰嚭曰:「子增夫子乎?」対曰:「夫子不可增也。夫賜其猶一累壤也,以一累壤增大山,不益其高,且為不知。」太宰嚭曰:「然則子有所酌也。」対曰:「天下有大樽而子独不酌焉,不識誰之罪也。」
書き下し
子貢太宰嚭に見ゆ。太宰嚭問いて曰く、「孔子は何如。」對えて曰く、「臣以て之を知るに足らず。」太宰曰く、「子知らずして、何を以て之に事うるか。」對えて曰く、「惟だ知らず、故に之に事う。夫子は其れ猶お大山林のごとし、百姓各々其の材を足す。」太宰嚭曰く、「子夫子を增すか。」對えて曰く、「夫子は增すべからざるなり。夫れ賜は其れ猶お一累壤のごとし。一累壤を以て大山を增すも、其の高きを益さず、且つ知らずと爲す。」太宰嚭曰く、「然らば則ち子酌む所有るか。」對えて曰く、「天下に大樽有りて子獨り酌まざるなり、誰の罪なるかを識らず。」
現代語訳
子貢が太宰嚭に面会した。太宰嚭は尋ねた。『孔子とはどのような人物か。』子貢は答えた。『私にはそれを知るだけの見識がございません。』太宰は言った。『あなたは知らないのに、どうしてその人に仕えているのか。』子貢は答えた。『ただ知らないからこそ、お仕えしているのです。先生はまるで大きな山林のようなもので、民百姓はそれぞれ自分に必要な材木をそこから得るのです。』太宰嚭は言った。『あなたは先生の値打ちを高めようとしているのではないか。』子貢は答えた。『先生の値打ちは高めることなどできません。私、賜(子貢の名)などは一塊の土くれのようなものです。一塊の土くれで大きな山を高くしようとしても、その高さを増すことにはならず、かえって物を知らない者とみなされるだけです。』太宰嚭は言った。『それならば、あなたは先生の教えという大きな酒樽から酒を汲んでいるということか。』子貢は答えた。『天下に大きな酒樽があるのに、あなただけがそこから酒を汲もうとしない。それが誰の罪であるか、私には分かりかねます。』
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・公冶長篇子貢問いて曰く、「孔文子、何を以て之を文と謂うや。」子曰く、「敏にして学を好み、下問を恥じず。是を以て之を文と謂うなり。」
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老子・第71章知りて知らずとするは上、知らずして知るとするは病なり。夫れ唯だ病を病とす、是を以て病あらず。聖人の病あらざるは、其の病を病とするを以てなり。是を以て病あらず。
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葉隠・聞書第一古人の金言を頼み、人に談合する時は、遅(おく)れなく〔本文「迦れなく」、遅れなくの意か〕悪事あるべからず。
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史記 老子韓非列伝老子は、楚の苦県厲郷曲仁里の人なり。姓は李氏、名は耳、字は耼、周の守藏室の史なり。孔子、周に適き、将に礼を老子に問はんとす。老子曰く、「子の言ふ所の者は、其の人と骨と皆已に朽つ。独り其の言在るのみ。且つ君子は其の時を得ば則ち駕し、其の時を得ざれば則ち蓬累して行く。吾之を聞く、良賈は深く藏して虚しきが若く、君子は盛徳あるも容貌は愚なるが若し、と。子の驕気と多欲、態色と淫志を去れ。是れ皆子の身に益無し。吾が以て子に告ぐる所は、是くの若きのみ」と。孔子去り、弟子に謂ひて曰く、「鳥は、吾其の能く飛ぶを知る。魚は、吾其の能く游ぐを知る。獣は、吾其の能く走るを知る。走る者には以て罔を為す可く、游ぐ者には以て綸を為す可く、飛ぶ者には以て矰を為す可し。龍に至りては、吾其の風雲に乗りて天に上るを知る能はず。吾今日老子を見るに、其れ猶ほ龍のごときか」と。
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老子・第8章上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る。故に道に幾し。居は地を善しとし、心は淵を善しとし、与は仁を善しとし、言は信を善しとし、正は治を善しとし、事は能を善しとし、動は時を善しとす。夫れ唯だ争わず、故に尤め無し。