論語 / 公冶長篇
子貢問曰:「孔文子,何以謂之文也?」子曰:「敏而好學,不恥下問,是以謂之文也。」
新字:子貢問曰:「孔文子,何以謂之文也?」子曰:「敏而好学,不恥下問,是以謂之文也。」
書き下し
子貢問いて曰く、「孔文子、何を以て之を文と謂うや。」子曰く、「敏にして学を好み、下問を恥じず。是を以て之を文と謂うなり。」
現代語訳
子貢が尋ねた。「孔文子はどうして文という諡を贈られたのですか。」先生はおっしゃった。「頭の回転が速いうえに学ぶことを好み、目下の者に問うことを恥じなかった。だから文と呼ばれたのだ。」
解説
孔文子は品行に問題のあった人物だったと伝えられる。それでも文という高い諡を得た理由を、孔子は三点に絞って答えた。敏、好学、そして不恥下問である。前の二つは才能と姿勢だが、決定的なのは三つ目だろう。敏くて学を好む人ほど、目下に聞くことが難しくなる。自分のほうが分かっているという前提が邪魔をするからだ。地位が上がるほど、この壁は厚くなる。聞けば無知が露呈すると感じ、分かったふりで会議を通してしまう。だが現場の事実を最も持っているのは、たいてい役職の下にいる人である。下問を恥じないとは、謙虚さの美談ではなく、情報を取りに行く経路を自分で塞がないという実務判断である。
この章句が説くこと
好学学び謙虚さ下問リーダーシップ謙虚
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