法句経 / 第五 愚闇の部 七二〜七四 虚しき尊敬を望む
七二 (他を)損害せんとする思慮が愚者に生ずる間は、(其思慮は)愚者の白分を亡ぼし彼の頭を斷つ。 七三 虚しき尊敬を望む人多し、比丘衆の中にては先にせられんことを(望み)、住處の中には主權を(望み)、他家の中には供養せられんことを(望む)。 七四 在家も亦出家も「此れ正に我が與に造られたり」と謂ひ、「諸の所作と非所作の中に於ける何事も實に我が隨意たるべし」と謂へる人あり、此れ愚者の思量する所、(斯くして彼愚者の)欲望と高慢と増長す。
新字:七二 (他を)損害せんとする思慮が愚者に生ずる間は、(其思慮は)愚者の白分を亡ぼし彼の頭を断つ。 七三 虚しき尊敬を望む人多し、比丘衆の中にては先にせられんことを(望み)、住処の中には主権を(望み)、他家の中には供養せられんことを(望む)。 七四 在家も亦出家も「此れ正に我が与に造られたり」と謂ひ、「諸の所作と非所作の中に於ける何事も実に我が随意たるべし」と謂へる人あり、此れ愚者の思量する所、(斯くして彼愚者の)欲望と高慢と増長す。
書き下し
七二 (他を)損害せんとする思慮が愚者に生ずる間は、(其思慮は)愚者の白分を亡ぼし彼の頭を断つ。 七三 虚しき尊敬を望む人多し、比丘衆の中にては先にせられんことを(望み)、住処の中には主権を(望み)、他家の中には供養せられんことを(望む)。 七四 在家も亦出家も「此れ正に我が与に造られたり」と謂ひ、「諸の所作と非所作の中に於ける何事も実に我が随意たるべし」と謂へる人あり、此れ愚者の思量する所、(斯くして彼愚者の)欲望と高慢と増長す。
現代語訳
(他人を)害そうとする思いが愚か者に生じているあいだ、その思いは愚か者の美点(白分)を滅ぼし、その頭を断ち割る。むなしい尊敬を望む人は多い。修行僧の集まりの中では上座に置かれることを望み、住まいの中では支配の権限を望み、他人の家では供養を受けることを望む。在家の者も出家の者も、「これはまさに私のために作られたものだ」と思い、「なすべきこととなすべきでないことのどれにおいても、何事も本当に私の思いどおりになるべきだ」と思う人がいる。これは愚か者の考えることであり、こうしてその愚か者の欲望と高慢とはますます増していく。
解説
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