法句経 / 第三 心の部 三八〜四〇 身は瓶の如し
三八 心安住せず、正法を知らず、信心浮動すれば智圓滿せず。 三九 心の貪著を離れ、思慮擾亂せず、已に罪福(の想)を離れ、覺悟せる人には怖畏あることなし。 四〇 此の身は瓶の如しと觀、此の心を城の如く安住せしめ、慧の武器を以て魔と戰ひ、彼の捕虜を守り懈廢すること勿れ。
新字:三八 心安住せず、正法を知らず、信心浮動すれば智円満せず。 三九 心の貪著を離れ、思慮擾乱せず、已に罪福(の想)を離れ、覚悟せる人には怖畏あることなし。 四〇 此の身は瓶の如しと観、此の心を城の如く安住せしめ、慧の武器を以て魔と戦ひ、彼の捕虜を守り懈廃すること勿れ。
書き下し
三八 心安住せず、正法を知らず、信心浮動すれば智円満せず。 三九 心の貪著を離れ、思慮擾乱せず、已に罪福(の想)を離れ、覚悟せる人には怖畏あることなし。 四〇 此の身は瓶の如しと観、此の心を城の如く安住せしめ、慧の武器を以て魔と戦ひ、彼の捕虜を守り懈廃すること勿れ。
現代語訳
心が落ち着かず、正しい法(真理)を知らず、信心が揺れ動くならば、智慧は満ちない。心に貪りの執著がなく、思いが乱れず、すでに善悪(罪と福)の思いを離れ、目覚めた人には恐れがない。この身は瓶のようにもろいと観じ、この心を城のようにしっかりと据え、智慧の武器で魔と戦い、勝ち取ったもの(捕虜)を守って、怠ってはならない。
解説
心の部の中盤の三偈で、心を落ち着けることから戦いの比喩へと進む。三八偈は、心が安住せず信心が浮動すれば智は円満しないと言う。三九偈は、貪著を離れ、罪福の想をも離れた覚者には怖畏がないとする。善も悪も超えた境地が、恐れのなさと結びつけられている。四〇偈の比喩が要である。身は瓶のように脆い、と荻原の注にある。素焼きの瓶は落とせば割れる。その脆い身を見つめたうえで、心のほうは城のように据えよという。脆さを否定するのでなく、脆い器の内に堅い城を築く構図である。そのうえで慧の武器で魔と戦い、勝ち得たもの(捕虜)を守って怠るなと結ぶ。勝ったあとの油断を戒める最後の一句は、成功を収めた後の組織にとっても示唆がある。
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