法句経 / 第三 心の部 四一 無用の材の如し
四一 嗟、此の身久しからずして地上に横たはらん、神識逝けば棄てられ、猶ほ無用の材の如けん。
書き下し
四一 嗟、此の身久しからずして地上に横たはらん、神識逝けば棄てられ、猶ほ無用の材の如けん。
現代語訳
ああ、この身はほどなく地面に横たわるだろう。意識が去れば打ち捨てられ、まるで役に立たない木切れのように。
解説
心の部に置かれた、身体の無常を詠んだ一偈である。前の四〇偈で「此の身は瓶の如し」と観じるよう説いたのを受け、その身がやがてどうなるかを、嘆息の「嗟」から始めて描き出す。神識とはここでは意識、心のはたらきのことで、それが去れば身は地に横たわり、打ち捨てられる。「無用の材」にあたるパーリ語 kaliṅgara は、焼け焦げた丸太や役に立たない木切れを指す語とされる。大切にしていた身体も、心が去ればそうなるという直截な描写で、飾りがない。心の部にこの偈があるのは、身がこれほど頼りないからこそ、心をどう扱うかが問われるという流れだろう。限りある時間を意識することは、何を先にし何を後にするかを考え直す手がかりになる。
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