法句経 / 第三 心の部 三五〜三七 調へられたる心
三五 輕く止め難き、恣まゝなる心の調伏善い哉、調伏されたる心は樂を引く。 三六 甚だ見難き、甚だ微細なる、恣まゝなる心を智者は護るべし、護られたる心は樂を引く。 三七 遠く去り、獨り行き、身なき、密處に隱るゝ心を能く制御する人は魔の縛を脱る。
新字:三五 軽く止め難き、恣まゝなる心の調伏善い哉、調伏されたる心は楽を引く。 三六 甚だ見難き、甚だ微細なる、恣まゝなる心を智者は護るべし、護られたる心は楽を引く。 三七 遠く去り、独り行き、身なき、密処に隠るゝ心を能く制御する人は魔の縛を脱る。
書き下し
三五 軽く止め難き、恣まゝなる心の調伏善い哉、調伏されたる心は楽を引く。 三六 甚だ見難き、甚だ微細なる、恣まゝなる心を智者は護るべし、護られたる心は楽を引く。 三七 遠く去り、独り行き、身なき、密処に隠るゝ心を能く制御する人は魔の縛を脱る。
現代語訳
軽く移ろい、抑えがたく、欲するままに赴く心を調えることは善いことである。調えられた心は安楽をもたらす。きわめて見がたく、きわめて微細で、欲するままに赴く心を、賢い人は守るべきである。守られた心は安楽をもたらす。遠くへさまよい、独りで動き、形がなく、胸の奥の密かな場所(心臓)に隠れている心を、よく制する人は、魔の束縛から逃れる。
解説
第三章「心の部」は、心の扱いにくさを繰り返し描く章である。三五偈は心を軽く止め難く恣まなものとし、三六偈は甚だ見難く甚だ微細なものとする。捕まえにくく、そもそも見えにくい。それでも調伏され、護られた心は楽を引くという。三七偈の四つの形容が鮮やかである。遠く去り、独り行き、身なく、密処に隠れる。一瞬で遠くへ飛び、誰とも連れ立たず、形を持たず、胸の奥に潜む。荻原の注によれば密処とは心臓のことで、古代インドでは心の座を胸に置いた。これほどつかみどころのないものを、力ずくで押さえつけるのではなく「調へ」「護る」という語が選ばれている点に注意したい。気が散ること自体は責められていない。散りやすいと知ったうえで、戻し続けることが求められているのである。
関連する章句
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