法句経 / 第一 双叙の部 一二 実を実と知る
一二 實を實と知り不實を不實と知る人は、實を了解して正思惟に住す。
新字:一二 実を実と知り不実を不実と知る人は、実を了解して正思惟に住す。
書き下し
一二 実を実と知り不実を不実と知る人は、実を了解して正思惟に住す。
現代語訳
真実を真実と知り、真実でないものを真実でないと知る人は、真実を理解して、正しい考えにとどまる。
解説
十一偈と対をなす一偈である。前の偈では、実でないものを実と見、実を実でないと見る人が邪思惟に住すとされた。ここではそれを裏返し、実を実と知り、不実を不実と知る人が正思惟に住すという。「実」にあたるパーリ語の sāra は「心材」、木の芯の硬いところを指す語で、見かけの枝葉ではなく中身の詰まった部分を意味する。何が芯で何が枝葉かを見分けることが、正しく考えることの出発点になるというのである。当たり前のようだが、人は目立つもの、声の大きいもの、手近なものを芯と取り違えやすい。そして取り違えたまま考えを重ねれば、どれほど緻密でも邪思惟になる。判断の質は、推論の巧みさよりも、何を実と見たかという最初の見極めで決まることが多い。
関連する章句
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