鬼谷子 / 謀篇
故先王之道隂、言有之曰:天地之化、在高與深、聖人之制道、在隱與匿、非獨忠信仁義也、中正而已矣。道理逹於此之義、則可與語。由能得此、則可與穀逺近之誘。
新字:故先王之道陰、言有之曰:天地之化、在高与深、聖人之制道、在隠与匿、非独忠信仁義也、中正而已矣。道理逹於此之義、則可与語。由能得此、則可与穀遠近之誘。
書き下し
故に先王の道は隂なり。言に之れ有りて曰く、天地の化は、高きと深きとに在り。聖人の道を制するは、隱と匿とに在り。獨り忠信仁義のみに非ざるなり、中正のみ、と。道理此の義に逹すれば、則ち與に語るべし。此を得ること能うに由れば、則ち與に逺近の誘を穀すべし。
現代語訳
だから先王の道は陰である。言葉にこうある。天地の変化は、高いところと深いところにある。聖人が道を制するのは、隠れることと匿すことにある。ただ忠信仁義だけではない、中正であるということだ、と。道理がこの意味に達していれば、ともに語ることができる。これを得ることができるなら、ともに遠近の誘いを養うことができる。
解説
謀篇の結びです。聖人が道を制するのは隠れることと匿すことにある、と言い切ったうえで、「獨り忠信仁義のみに非ざるなり、中正のみ」と付け加えます。忠信仁義だけでは足りない、中正が要る、と。この一句が無ければ、この篇はただの権謀術数の書になります。隠すことも謀ることも認めたうえで、その根に中正——偏らないことを置く。ただし、この書が長く警戒されてきたのは、この最後の一句が読み飛ばされやすいからでもあります。技術は覚えやすく、根は覚えにくい。
この章句が説くこと
聖人の道を制するは隠と匿とに在り独り忠信仁義のみに非ず中正のみ本質判断倫理
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