法句経 / 第一 双叙の部 一三・一四
一三 屋を葺くに粗なれば雨漏るが如く、心に修養なくんば、貪欲之を穿つ。 一四 屋を葺くに密なれば雨漏らざるが如く、心善く修養すれば、貪欲之を穿たず。
書き下し
一三 屋を葺くに粗なれば雨漏るが如く、心に修養なくんば、貪欲之を穿つ。 一四 屋を葺くに密なれば雨漏らざるが如く、心善く修養すれば、貪欲之を穿たず。
現代語訳
屋根を葺くのが粗ければ雨が漏るように、心に修養がなければ、貪りの欲がそこを穿つ。屋根を葺くのが密であれば雨が漏らないように、心をよく修養すれば、貪りの欲はそこを穿たない。
解説
屋根の葺き方という、誰にでも分かる比喩で心の手入れを説く。粗く葺けば雨が漏る。心も同じで、手入れが粗ければ貪欲がそこから入りこむ。注目したいのは、貪欲を外から来るものとして描いていることだ。雨が空から降るように、欲もまた向こうから来る。降らせないことはできない。できるのは葺き方のほうである。だから修養は、欲を消す作業ではなく、隙間を減らす作業として語られる。もう一つ、屋根は一度葺けば終わりではない。放っておけば必ず傷む。日々の手入れという発想が、この比喩には織りこまれている。心が乱れたときに慌てて手を打つのではなく、乱れていないときに葺いておく話である。
この章句が説くこと
屋を葺く修養貪欲日々の手入れ足るを知る
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