法華経 / 安樂行品第十四(6)
「又文殊師利菩薩摩訶薩,於後末世,法欲滅時,受持、讀誦、斯經典者,無懷嫉妒諂誑之心,亦勿輕罵學佛道者、求其長短。若比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷,求聲聞者,求辟支佛者,求菩薩道者,無得惱之,令其疑悔。語其人言:『汝等去道甚遠,終不能得一切種智,所以者何?汝是放逸之人,於道懈怠故。』又亦不應戲論諸法,有所諍競。當於一切眾生、起大悲想,於諸如來、起慈父想,於諸菩薩、起大師想,於十方諸大菩薩,常應深心、恭敬禮拜。於一切眾生,平等說法,以順法故,不多不少,乃至深愛法者、亦不為多說。」 「文殊師利,是菩薩摩訶薩,於後末世,法欲滅時,有成就是第三安樂行者,說是法時,無能惱亂,得好同學、共讀誦是經,亦得大眾而來聽受,聽已、能持,持已、能誦,誦已、能說,說已、能書,若使人書,供養經卷,恭敬、尊重、讚歎。」 爾時世尊欲重宣此義,而說偈言: 若欲說是經,當捨嫉恚慢,諂誑邪偽心,常修質直行,不輕蔑於人,亦不戲論法,不令他疑悔,云汝不得佛。 是佛子說法,常柔和能忍,慈悲於一切,不生懈怠心,十方大菩薩,愍眾故行道,應生恭敬心,是則我大師。 於諸佛世尊,生無上父想,破於憍慢心,說法無障礙,第三法如是,智者應守護,一心安樂行,無量眾所敬。
新字:「又文殊師利菩薩摩訶薩,於後末世,法欲滅時,受持、読誦、斯経典者,無懐嫉妬諂誑之心,亦勿軽罵学仏道者、求其長短。若比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷,求声聞者,求辟支仏者,求菩薩道者,無得悩之,令其疑悔。語其人言:『汝等去道甚遠,終不能得一切種智,所以者何?汝是放逸之人,於道懈怠故。』又亦不応戯論諸法,有所諍競。当於一切衆生、起大悲想,於諸如来、起慈父想,於諸菩薩、起大師想,於十方諸大菩薩,常応深心、恭敬礼拝。於一切衆生,平等説法,以順法故,不多不少,乃至深愛法者、亦不為多説。」 「文殊師利,是菩薩摩訶薩,於後末世,法欲滅時,有成就是第三安楽行者,説是法時,無能悩乱,得好同学、共読誦是経,亦得大衆而来聴受,聴已、能持,持已、能誦,誦已、能説,説已、能書,若使人書,供養経巻,恭敬、尊重、讃嘆。」 爾時世尊欲重宣此義,而説偈言: 若欲説是経,当捨嫉恚慢,諂誑邪偽心,常修質直行,不軽蔑於人,亦不戯論法,不令他疑悔,云汝不得仏。 是仏子説法,常柔和能忍,慈悲於一切,不生懈怠心,十方大菩薩,愍衆故行道,応生恭敬心,是則我大師。 於諸仏世尊,生無上父想,破於憍慢心,説法無障礙,第三法如是,智者応守護,一心安楽行,無量衆所敬。
書き下し
「又、文殊師利菩薩摩訶薩、後の末世、法の滅せんと欲する時に、斯の経典を受持し、読誦せん者は、嫉妬・諂誑の心を懐くこと無く、亦た仏道を学ぶ者を軽罵して、其の長短を求むること勿れ。若しは比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の、声聞を求むる者、辟支仏を求むる者、菩薩道を求むる者には、之を悩まして、其をして疑悔せしむること無かれ。其の人に語りて言うべからず、『汝等は道を去ること甚だ遠し、終に一切種智を得ること能わず。所以は何ん。汝は是れ放逸の人にして、道に於いて懈怠なるが故なり』と。又た亦た諸法を戯論して、諍競する所有るべからず。当に一切衆生に於いて、大悲の想いを起こし、諸の如来に於いて、慈父の想いを起こし、諸の菩薩に於いて、大師の想いを起こし、十方の諸の大菩薩に於いて、常に応に深心もて、恭敬し礼拝すべし。一切衆生に於いて、平等に法を説き、法に順ずるを以ての故に、多からず少なからず、乃至、深く法を愛する者にも、亦た為に多く説かず。」 「文殊師利、是の菩薩摩訶薩、後の末世、法の滅せんと欲する時に、是の第三の安楽行を成就すること有らん者、是の法を説かん時、能く悩乱する者無く、好き同学を得て、共に是の経を読誦し、亦た大衆を得て来りて聴受せん。聴き已りて能く持ち、持ち已りて能く誦し、誦し已りて能く説き、説き已りて能く書き、若しは人をして書かしめ、経巻を供養し、恭敬し、尊重し、讃歎せん。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 若し是の経を説かんと欲せば、当に嫉・恚・慢、諂誑・邪偽の心を捨てて、常に質直の行を修すべし。人を軽蔑せず、亦た法を戯論せず、他をして疑悔せしめず、汝は仏を得ずと云うこと勿れ。 是の仏子、法を説くに、常に柔和にして能く忍び、一切を慈悲して、懈怠の心を生ぜず、十方の大菩薩は、衆を愍れむが故に道を行ず、応に恭敬の心を生ずべし、是れ則ち我が大師なり。 諸仏世尊に於いて、無上の父の想いを生じ、憍慢の心を破せば、説法に障礙無し。第三の法は是の如し、智者は応に守護すべし、一心に安楽に行ぜば、無量の衆に敬われん。
現代語訳
「また文殊師利菩薩摩訶薩よ、後の末世、法が滅びようとするとき、この経典を受持し読誦する者は、嫉妬やへつらい、いつわりの心を懐かず、また、仏道を学ぶ人を軽んじ罵ったり、その長所短所を探したりしてはなりません。比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷で、声聞を求める者、辟支仏を求める者、菩薩道を求める者がいても、悩ませて疑いや後悔を起こさせてはなりません。その人に向かって『あなたたちは道からとても遠く、決して一切種智を得られない。なぜなら、あなたたちは放逸な人で、道に怠けているからだ』と言ってはなりません。また、諸法を戯れに論じて争ってもなりません。すべての衆生に大悲の想いを起こし、諸の如来には慈父の想いを、諸の菩薩には大師の想いを起こし、十方の大菩薩には常に深い心で恭敬し礼拝しなさい。すべての衆生に平等に法を説き、法に従うので、多すぎず少なすぎず、法を深く愛する者に対してさえ、多く説きすぎません。」 「文殊師利よ、後の末世、法が滅びようとするとき、この第三の安楽行を成就した菩薩摩訶薩が法を説くときは、悩ませ乱す者はなく、よい同学を得て、ともにこの経を読誦し、また大衆が来て聴き受けます。聴いて保ち、保って誦し、誦して説き、説いて書き、人に書かせ、経巻を供養し、恭敬し、尊重し、讃歎します。」 そのとき世尊は、重ねてこの意味を述べようとして、偈を説いて言われました。 この経を説こうとするなら、嫉み、怒り、おごり、へつらい、いつわり、よこしまな心を捨てて、常に正直な行いを修めなさい。人を軽んじず、法を戯れに論じず、他の人に疑いや後悔を起こさせず、「あなたは仏になれない」と言ってはなりません。 この仏子が法を説くときは、常に柔和でよく耐え、すべてに慈悲を向け、怠け心を起こしません。十方の大菩薩は衆生を憐れんで道を行じています。恭敬の心を起こしなさい。この方々は私の大師です。 諸仏世尊には無上の父の想いを抱き、おごりの心を破れば、説法に障りはありません。第三の法はこのとおりです。智者は守り、一心に安楽に行じれば、数えきれない人々に敬われます。
解説

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