法華経 / 安樂行品第十四(5)
菩薩常樂,安隱說法,於清淨地,而施床座,以油塗身,澡浴塵穢,著新淨衣,內外俱淨, 安處法座,隨問為說,若有比丘,及比丘尼,諸優婆塞,及優婆夷,國王王子,群臣士民, 以微妙義,和顏為說,若有難問,隨義而答,因緣譬喻,敷演分別,以是方便,皆使發心, 漸漸增益,入於佛道,除懶惰意,及懈怠想,離諸憂惱,慈心說法,晝夜常說,無上道教, 以諸因緣,無量譬喻,開示眾生,咸令歡喜,衣服臥具,飲食醫藥,而於其中,無所希望, 但一心念,說法因緣,願成佛道,令眾亦爾,是則大利,安樂供養,我滅度後,若有比丘, 能演說斯,妙法華經,心無嫉恚,諸惱障礙,亦無憂愁,及罵詈者,又無怖畏,加刀杖等, 亦無擯出,安住忍故,智者如是,善修其心,能住安樂,如我上說,其人功德,千萬億劫, 算數譬喻,說不能盡。
新字:菩薩常楽,安隠説法,於清浄地,而施床座,以油塗身,澡浴塵穢,著新浄衣,内外倶浄, 安処法座,随問為説,若有比丘,及比丘尼,諸優婆塞,及優婆夷,国王王子,群臣士民, 以微妙義,和顔為説,若有難問,随義而答,因縁譬喩,敷演分別,以是方便,皆使発心, 漸漸增益,入於仏道,除懶惰意,及懈怠想,離諸憂悩,慈心説法,昼夜常説,無上道教, 以諸因縁,無量譬喩,開示衆生,咸令歓喜,衣服臥具,飲食医薬,而於其中,無所希望, 但一心念,説法因縁,願成仏道,令衆亦爾,是則大利,安楽供養,我滅度後,若有比丘, 能演説斯,妙法華経,心無嫉恚,諸悩障礙,亦無憂愁,及罵詈者,又無怖畏,加刀杖等, 亦無擯出,安住忍故,智者如是,善修其心,能住安楽,如我上説,其人功徳,千万億劫, 算数譬喩,説不能尽。
書き下し
菩薩は常に楽って、安穏に法を説く。清浄の地に於いて、床座を施し、油を以て身に塗り、塵穢を澡浴し、新しき浄き衣を著て、内外倶に浄くして、 法座に安処して、問いに随いて為に説け。若し比丘、及び比丘尼、諸の優婆塞、及び優婆夷、国王・王子、群臣・士民有らば、 微妙の義を以て、和顔にして為に説き、若し難問有らば、義に随いて答え、因縁・譬喩もて、敷演し分別し、是の方便を以て、皆発心せしめ、 漸漸に増益して、仏道に入らしめよ。懶惰の意、及び懈怠の想を除き、諸の憂悩を離れ、慈心もて法を説き、昼夜に常に、無上道の教えを説け。 諸の因縁、無量の譬喩を以て、衆生に開示し、咸く歓喜せしめよ。衣服・臥具、飲食・医薬に、而も其の中に於いて、希望する所無く、 但だ一心に、説法の因縁を念じ、仏道を成ぜんことを願い、衆をして亦た爾らしめよ。是れ則ち大利、安楽の供養なり。我が滅度の後、若し比丘有りて、 能く斯の妙法華経を演説せば、心に嫉恚、諸の悩み障礙無く、亦た憂愁、及び罵詈する者無く、又た怖畏、刀杖を加うる等無く、 亦た擯出せらるること無けん。忍に安住するが故に、智者は是の如く、善く其の心を修め、能く安楽に住すること、我が上に説くが如し。其の人の功徳は、千万億劫に、 算数・譬喩もて、説くとも尽くすこと能わず。
現代語訳
菩薩はいつも安らかに法を説くことを願い、清らかな場所に床座を設け、油を身に塗り、塵や汚れを洗い流し、新しく清らかな衣を着て、内も外も清らかにして、法座に静かに座り、問いに応じて説きなさい。比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、国王、王子、大臣たち、士や民がいれば、すぐれた意義を和やかな顔で説き、難しい質問があれば意味に従って答え、因縁や譬喩で詳しく説き分け、こうした方便によって皆に発心させなさい。少しずつ深めて仏道に入らせ、怠け心や怠りの想いを除き、憂いや悩みを離れ、慈悲の心で、昼も夜も常に無上道の教えを説きなさい。さまざまな因縁と数限りない譬喩で衆生に示し、みなを歓ばせなさい。衣服や寝具、飲食や医薬については、その中で何も望まず、ただ一心に、法を説く因縁を思い、仏道の成就を願い、人々にも同じようにさせなさい。これは大きな利益であり、安楽な供養です。私の滅度の後、もし比丘がこの妙法華経をよく説くなら、心に嫉みや怒りもなく、さまざまな悩みや障りもなく、憂いも、罵る者もなく、刀や杖を加えられる恐れもなく、追い出されることもありません。忍耐に安住しているからです。智者はこのようによく心を修め、安楽に住することができます。私がこれまでに説いたとおりです。その人の功徳は、千万億劫にわたって、数えや譬喩で語っても、語り尽くせません。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
法華経・安樂行品第十四(4)是れ則ち名づけて行処・近処と為す。この二処を以て、能く安楽に説く。又復た上・中・下の法、有為・無為、実・不実の法を行ぜず、 亦た是れ男、是れ女と分別せず、諸法を得ず、知らず見ず。是れ則ち名づけて菩薩の行処と為す。一切の諸法は、空にして所有無く、 常住有ること無く、亦た起滅無し。是れを智者の親近する所の処と名づく。顛倒して分別す、諸法の有無、是れ実、非実、是れ生、非生と。 閑処に在りて、其の心を修摂し、安住して動ぜざること、須弥山の如くせよ。一切の法を観ずるに、皆所有無く、猶お虚空の如く、堅固なること有ること無し。 不生不出、不動不退にして、常に一相に住す。是れを近処と名づく。若し比丘有りて、我が滅後に於いて、是の行処、及び親近処に入りて、 斯の経を説かん時、怯弱有ること無けん。菩薩有る時は、静室に入り、正憶念を以て、義に随いて法を観ず。禅定より起ちて、諸の国王、 王子・臣民・婆羅門等の為に、開化し演暢して、斯の経典を説かん。其の心安穏にして、怯弱有ること無けん。文殊師利、是れを菩薩、 初めの法に安住して、能く後世に於いて、法華経を説くと名づく。 「又、文殊師利、如来の滅後、末法の中に於いて、是の経を説かんと欲せば、応に安楽行に住すべし。若しは口に宣説し、若しは経を読まん時、人及び経典の過を説くことを楽わず。亦た諸余の法師を軽慢せず、他人の好悪・長短を説かず。声聞の人に於いても、亦た名を称して其の過悪を説かず、亦た名を称して其の美を讃歎せず、又た亦た怨嫌の心を生ぜず。善く是の如き安楽の心を修するが故に、諸の有ゆる聴く者、其の意に逆らわず、難問する所有らば、小乗の法を以て答えず、但だ大乗を以て為に解説し、一切種智を得しむ。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
-
法華経・法師品第十(6)爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 諸の懈怠を捨てんと欲せば、応当に此の経を聴くべし。是の経は聞くことを得難く、信受する者も亦た難し。人の渇して水を需め、高原に窄鑿するに、猶お乾燥の土を見て、水を去ること尚お遠きを知り、 漸く湿土の泥を見て、決定して水に近きを知るが如し。藥王、汝当に知るべし、是の如き諸人等は、法華経を聞かざれば、仏智を去ること甚だ遠し。若し是の深経を聞かば、声聞の法を決了す。 是れ諸経の王なり。聞き已って諦らかに思惟せば、当に知るべし、此の人等は、仏の智慧に近し。若し人、此の経を説かば、応に如来の室に入り、如来の衣を著て、如来の座に坐すべし。 衆に処して畏るる所無く、広く為に分別して説け。大慈悲を室と為し、柔和忍辱を衣とし、諸法の空を座と為して、此に処して為に法を説け。若し此の経を説く時、人有りて悪口して罵り、 刀杖・瓦石を加うとも、仏を念ずるが故に応に忍ぶべし。我は千万億土に、清浄堅固の身を現じ、無量億劫に於いて、衆生の為に法を説く。若し我が滅度の後、能く此の経を説かん者には、 我、化の四衆、比丘・比丘尼、及び清信の士女を遣わして、法師を供養し、諸の衆生を引導し、之を集めて法を聴かしめん。若し人、悪を加えんと欲して、刀杖及び瓦石あらば、 則ち変化の人を遣わして、之が為に衛護を作さん。若し説法の人、独り空閑処に在りて、寂寞として人の声無く、此の経典を読誦せば、我、爾の時、為に清浄光明の身を現ぜん。 若し章句を忘失せば、為に説いて通利せしめん。若し人、是の徳を具えて、或いは四衆の為に説き、空処にて経を読誦せば、皆、我が身を見ることを得ん。若し人、空閑に在らば、我、天・竜王、 夜叉・鬼神等を遣わして、為に聴法の衆と作さしめん。是の人は説法を楽い、分別して罣礙無く、諸仏の護念したもうが故に、能く大衆をして喜ばしむ。若し法師に親近せば、速やかに菩薩道を得ん。 是の師に隨順して学ばば、恒沙の仏を見ることを得ん。
-
法華経・安樂行品第十四(1)爾の時、文殊師利法王子菩薩摩訶薩、仏に白して言さく、「世尊、是の諸の菩薩は、甚だ稀有と為す。仏に敬順するが故に、大誓願を発して、後の悪世に於いて、是の法華経を護持し読説せん。世尊、菩薩摩訶薩は、後の悪世に於いて、云何が能く是の経を説かん。」仏、文殊師利に告げたまわく、「若し菩薩摩訶薩、後の悪世に於いて、是の経を説かんと欲せば、当に四法に安住すべし。一には、菩薩の行処及び親近処に安住して、能く衆生の為に是の経を演説す。」 「文殊師利よ、云何が菩薩摩訶薩の行処と名づくる。若し菩薩摩訶薩、忍辱の地に住し、柔和善順にして卒暴ならず、心も亦た驚かず、又復た法に於いて行ずる所無くして、諸法の如実の相を観じ、亦た行ぜず、分別せざる、是れを菩薩摩訶薩の行処と名づく。」 「云何が菩薩摩訶薩の親近処と名づくる。菩薩摩訶薩は、国王・王子・大臣・官長に親近せず、諸の外道・梵志・尼犍子等、及び世俗の文筆、讃詠の外書を造る者、及び路伽耶陀・逆路伽耶陀の者に親近せず、亦た諸の凶戯、相叉・相撲、及び那羅等の種種の変現の戯れに親近せず、又、旃陀羅、及び猪・羊・鶏・狗を畜い、畋猟・漁捕する、諸の悪律儀の者に親近せず。是の如き人等、或る時に来たらば、則ち為に法を説いて、希望する所無し。又、声聞を求むる比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷に親近せず、亦た問訊せず。若しは房中に於いても、若しは経行処に於いても、若しは講堂の中に在りても、共に住止せず。或る時に来たらば、宜しきに随って法を説き、希求する所無かれ。」
-
法華経・安樂行品第十四(9)常に忍辱を行じ、一切を哀愍して、乃ち能く仏の讃めたもう所の経を演説せよ。後の末世の時、此の経を持たん者には、家と出家と、及び菩薩に非ざるとに、 応に慈悲を生ずべし。斯れ等は是の経を聞かず、信ぜざれば、則ち大いなる失を為す。我、仏道を得て、諸の方便を以て、為に此の法を説き、其の中に住せしめん。 譬えば強力の、転輪の王の、兵戦いて功有るに、諸物を賞賜するが如し。象・馬・車乗、厳身の具、及び諸の田宅、聚落・城邑、 或いは衣服、種種の珍宝、奴婢・財物を、歓喜して賜与す。如し勇健にして、能く難事を為す者有らば、王は髻中の明珠を解きて之に賜う。 如来も亦た爾り、諸の法王として、忍辱の大力、智慧の宝蔵あり、大慈悲を以て、法の如く世を化す。一切の人の、諸の苦悩を受くるを見て、 解脱を求めんと欲して、諸魔と戦う。是の衆生の為に、種種の法を説き、大方便を以て、此の諸経を説けり。既に衆生の、其の力を得已るを知りて、 末後に乃ち為に、是の法華を説く。王の髻を解きて、明珠を之に与うるが如し。此の経は尊と為し、衆経の中の上なり。我れ常に守護して、妄りに開示せず。 今正に是れ時なり、汝等の為に説く。我が滅度の後、仏道を求むる者の、安穏に、斯の経を演説せんと欲せば、応当に是の如き四法に親近すべし。 是の経を読む者は、常に憂悩無く、又た病痛無く、顔色鮮白にして、貧窮・卑賤・醜陋に生ぜず。衆生は見んことを楽うこと、賢聖を慕うが如し。 天の諸の童子は、以て給使と為り、刀杖も加えず、毒も害すること能わず、若し人悪しく罵らば、口は則ち閉塞し、遊行して畏れ無きこと、師子王の如し。
-
法華経・安樂行品第十四(6)「又、文殊師利菩薩摩訶薩、後の末世、法の滅せんと欲する時に、斯の経典を受持し、読誦せん者は、嫉妬・諂誑の心を懐くこと無く、亦た仏道を学ぶ者を軽罵して、其の長短を求むること勿れ。若しは比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の、声聞を求むる者、辟支仏を求むる者、菩薩道を求むる者には、之を悩まして、其をして疑悔せしむること無かれ。其の人に語りて言うべからず、『汝等は道を去ること甚だ遠し、終に一切種智を得ること能わず。所以は何ん。汝は是れ放逸の人にして、道に於いて懈怠なるが故なり』と。又た亦た諸法を戯論して、諍競する所有るべからず。当に一切衆生に於いて、大悲の想いを起こし、諸の如来に於いて、慈父の想いを起こし、諸の菩薩に於いて、大師の想いを起こし、十方の諸の大菩薩に於いて、常に応に深心もて、恭敬し礼拝すべし。一切衆生に於いて、平等に法を説き、法に順ずるを以ての故に、多からず少なからず、乃至、深く法を愛する者にも、亦た為に多く説かず。」 「文殊師利、是の菩薩摩訶薩、後の末世、法の滅せんと欲する時に、是の第三の安楽行を成就すること有らん者、是の法を説かん時、能く悩乱する者無く、好き同学を得て、共に是の経を読誦し、亦た大衆を得て来りて聴受せん。聴き已りて能く持ち、持ち已りて能く誦し、誦し已りて能く説き、説き已りて能く書き、若しは人をして書かしめ、経巻を供養し、恭敬し、尊重し、讃歎せん。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、 若し是の経を説かんと欲せば、当に嫉・恚・慢、諂誑・邪偽の心を捨てて、常に質直の行を修すべし。人を軽蔑せず、亦た法を戯論せず、他をして疑悔せしめず、汝は仏を得ずと云うこと勿れ。 是の仏子、法を説くに、常に柔和にして能く忍び、一切を慈悲して、懈怠の心を生ぜず、十方の大菩薩は、衆を愍れむが故に道を行ず、応に恭敬の心を生ずべし、是れ則ち我が大師なり。 諸仏世尊に於いて、無上の父の想いを生じ、憍慢の心を破せば、説法に障礙無し。第三の法は是の如し、智者は応に守護すべし、一心に安楽に行ぜば、無量の衆に敬われん。
-
法華経・法師品第十(5)「藥王よ、譬えば人有りて、渇乏して水を需め、彼の高原に於いて、穿鑿して之を求むるに、猶お乾ける土を見て、水尚お遠きことを知り、功を施して已まざれば、転た湿れる土を見、遂に漸く泥に至りて、其の心決定して、水の必ず近きことを知るが如し。菩薩も亦復た是の如し。若し未だ聞かず、未だ解せず、未だ是の法華経を修習すること能わざる者は、当に知るべし、是の人は阿耨多羅三藐三菩提を去ること尚お遠し。若し聞き、解し、思惟し、修習することを得ば、必ず阿耨多羅三藐三菩提に近きことを知らん。所以は何ん。一切の菩薩の阿耨多羅三藐三菩提は、皆、此の経に属す。此の経は方便の門を開き、真実の相を示す。是の法華経蔵は、深固幽遠にして、人の能く到る無し。今、仏、菩薩を教化し成就せんが為に、而も為に開示したもう。」 「藥王よ、若し菩薩有りて、是の法華経を聞いて、驚き疑い怖畏せば、当に知るべし、是れ新発意の菩薩と為す。若し声聞人にして是の経を聞いて、驚き疑い怖畏せば、当に知るべし、是れ増上慢の者と為す。藥王よ、若し善男子・善女人有りて、如来の滅後に、四衆の為に是の法華経を説かんと欲せば、云何が説くべき。是の善男子・善女人は、如来の室に入り、如来の衣を著、如来の座に坐して、爾して乃ち応に四衆の為に広く斯の経を説くべし。如来の室とは、一切衆生の中の大慈悲心是れなり。如来の衣とは、柔和忍辱の心是れなり。如来の座とは、一切法空是れなり。是の中に安住して、然して後に不懈怠の心を以て、諸の菩薩及び四衆の為に、広く是の法華経を説け。」 「藥王よ、我、余国に於いて、化人を遣わして、其の為に聴法の衆を集め、亦た化の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷を遣わして、其の説法を聴かしむ。是の諸の化人は、法を聞いて信受し、随順して逆らわず。若し説法者、空閑処に在らば、我、時に広く天・竜・鬼神・乾闥婆・阿修羅等を遣わして、其の説法を聴かしめん。我、異国に在りと雖も、時時、説法者をして我が身を見ることを得せしめん。若し此の経に於いて句読を忘失せば、我、還って為に説いて、具足することを得せしめん。」