法華経 / 化城喻品第七(15)
大通智勝佛,十劫坐道場,佛法不現前,不得成佛道。 諸天神龍王,阿修羅眾等,常雨於天華,以供養彼佛。 諸天擊天鼓,並作眾伎樂,香風吹萎華,更雨新好者。 過十小劫已,乃得成佛道,諸天及世人,心皆懷踴躍。 彼佛十六子,皆與其眷屬,千萬億圍繞,俱行至佛所。 頭面禮佛足,而請轉法輪,聖師子法雨,充我及一切。 世尊甚難值,久遠時一現,為覺悟群生,震動於一切。 東方諸世界,五百萬億國,梵宮殿光曜,昔所未曾有。 諸梵見此相,尋來至佛所,散花以供養,並奉上宮殿。 請佛轉法輪,以偈而讚歎,佛知時未至,受請默然坐。 三方及四維,上下亦復爾,散華奉宮殿,請佛轉法輪。 世尊甚難值,願以大慈悲,廣開甘露門,轉無上法輪。 無量慧世尊,受彼眾人請,為宣種種法,四諦十二緣。 無明至老死,皆從生緣有,如是眾過患,汝等應當知。 宣暢是法時,六百萬億垓,得盡諸苦際,皆成阿羅漢。 第二說法時,千萬恒沙眾,於諸法不受,亦得阿羅漢。 從是後得道,其數無有量,萬億劫算數,不能得其邊。
新字:大通智勝仏,十劫坐道場,仏法不現前,不得成仏道。 諸天神竜王,阿修羅衆等,常雨於天華,以供養彼仏。 諸天撃天鼓,並作衆伎楽,香風吹萎華,更雨新好者。 過十小劫已,乃得成仏道,諸天及世人,心皆懐踴躍。 彼仏十六子,皆与其眷属,千万億囲繞,倶行至仏所。 頭面礼仏足,而請転法輪,聖師子法雨,充我及一切。 世尊甚難値,久遠時一現,為覚悟群生,震動於一切。 東方諸世界,五百万億国,梵宮殿光曜,昔所未曽有。 諸梵見此相,尋来至仏所,散花以供養,並奉上宮殿。 請仏転法輪,以偈而讃嘆,仏知時未至,受請黙然坐。 三方及四維,上下亦復爾,散華奉宮殿,請仏転法輪。 世尊甚難値,願以大慈悲,広開甘露門,転無上法輪。 無量慧世尊,受彼衆人請,為宣種種法,四諦十二縁。 無明至老死,皆従生縁有,如是衆過患,汝等応当知。 宣暢是法時,六百万億垓,得尽諸苦際,皆成阿羅漢。 第二説法時,千万恒沙衆,於諸法不受,亦得阿羅漢。 従是後得道,其数無有量,万億劫算数,不能得其辺。
書き下し
大通智勝仏、十劫道場に坐したまえども、仏法現前せず、仏道を成ずることを得ず。 諸天神竜王、阿修羅衆等、常に天華を雨らして、以て彼の仏を供養す。 諸天は天鼓を撃ち、並びに衆の伎楽を作し、香風萎める華を吹き、更に新しく好き者を雨らす。 十小劫を過ぎ已りて、乃ち仏道を成ずることを得たまえり。諸天及び世人、心皆踊躍を懐く。 彼の仏の十六子、皆其の眷属と与に、千万億囲繞して、倶に仏の所に行至し、 頭面に仏足を礼して、法輪を転ぜんことを請う、「聖師子の法雨、我及び一切に充てたまえ。 世尊は甚だ値い難し、久遠の時に一たび現じたもう。群生を覚悟せしめんが為に、一切を震動したもう。」 東方の諸の世界、五百万億の国、梵の宮殿の光曜、昔より未だ曽て有らず。 諸の梵は此の相を見て、尋いで来りて仏の所に至り、華を散じて以て供養し、並びに宮殿を奉上す。 仏に請うて法輪を転ぜしめ、偈を以て讃歎すれども、仏は時の未だ至らざるを知り、請を受けて黙然として坐したまえり。 三方及び四維、上下も亦復爾り、華を散じ宮殿を奉りて、仏に請うて法輪を転ぜしむ。 世尊は甚だ値い難し、願わくは大慈悲を以て、広く甘露の門を開き、無上の法輪を転じたまえ。 無量慧の世尊、彼の衆人の請を受け、為に種種の法を宣べたもう、四諦十二縁なり。 無明より老死に至るまで、皆生縁より有り、是の如き衆の過患を、汝等応当に知るべし。 是の法を宣暢したもう時、六百万億垓、諸苦の際を尽くすことを得て、皆阿羅漢と成れり。 第二の説法の時、千万の恒沙の衆、諸法に於て受けず、亦阿羅漢を得たり。 是れより後の得道の者、其の数量有ること無く、万億劫に算数すとも、其の辺を得ること能わず。
現代語訳
大通智勝仏は、十劫のあいだ道場に坐しておられましたが、仏法はまだ現れず、仏道を成就されませんでした。そのあいだ、天の神々、竜王、阿修羅たちは、いつも天の華を降らせて、彼の仏を供養しました。天の神々は天上の鼓を打ち、さまざまな楽の音を奏で、香りの風がしおれた華を吹き払うと、新しく美しい華をまた降らせました。十小劫を過ぎて、ようやく仏道を成就されると、天の神々も世の人々も、心はみな喜びに躍りました。 彼の仏の十六人の子は、それぞれ眷属とともに、千万億の人に囲まれて、そろって仏のもとに行き、頭を地につけて仏の足を礼拝し、法輪を転じてくださるよう請いました。「聖なる獅子のような方の法の雨で、私たちとすべての者を満たしてください。世尊にお会いするのは非常に難しく、はるかな時にただ一度お出ましになります。生きとし生けるものを目覚めさせるために、すべてを揺り動かされるのです。」 東方のあらゆる世界、五百万億の国々で、梵天の宮殿が光り輝き、昔からかつてないほどでした。梵天たちはこの相を見て、たずねて来て仏のもとに至り、華を散らして供養し、宮殿を献上しました。仏に法輪を転じてくださるよう請い、偈で讃歎しましたが、仏は時がまだ来ていないと知って、請いを受けたまま黙って坐しておられました。南西、北西などの四隅や上下も同様で、華を散らし宮殿を献じて、仏に法輪を転じてくださるよう請いました。「世尊にお会いするのは極めて難しいことです。どうか大いなる慈悲によって、広く甘露の門を開き、無上の法輪を転じてください。」 はかり知れない智慧の世尊は、人々の請いを受けて、さまざまな法を説かれました。四諦と十二因縁です。無明から老いと死に至るまで、すべては生を縁として有があるのであって、このようなさまざまな苦しみの原因を、あなたたちは知らなければなりません。この法が説き広められたとき、六百万億垓の人が、あらゆる苦しみの終わりに至り、みな阿羅漢となりました。第二の説法のときにも、千万の恒河沙ほどの衆が、あらゆる法に執着せず、同じく阿羅漢となりました。これ以後に悟りを得た者は、その数に限りがなく、万億劫にわたって数えても、その果てを知ることはできません。
解説

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