法華経 / 化城喻品第七(12)
「諸比丘,我等為沙彌時,各各教化無量百千萬億恒河沙等眾生,從我聞法,為阿耨多羅三藐三菩提。此諸眾生,於今有住聲聞地者,我常教化阿耨多羅三藐三菩提,是諸人等,應以是法,漸入佛道。所以者何。如來智慧,難信難解。爾時所化無量恒河沙等眾生者,汝等諸比丘,及我滅度後,未來世中聲聞弟子是也。我滅度後,復有弟子,不聞是經,不知不覺菩薩所行,自於所得功德,生滅度想,當入涅槃。我於餘國作佛,更有異名,是人雖生滅度之想,入於涅槃,而於彼土,求佛智慧,得聞是經,惟以佛乘而得滅度,更無餘乘,除諸如來方便說法。」 「諸比丘,若如來自知涅槃時到,眾又清淨,信解堅固,了達空法,深入禪定,便集諸菩薩及聲聞眾,為說是經。世間無有二乘而得滅度,惟一佛乘得滅度耳。比丘當知,如來方便,深入眾生之性,如其志樂小法,深著五欲,為是等故,說於涅槃,是人若聞,則便信受。」
新字:「諸比丘,我等為沙弥時,各各教化無量百千万億恒河沙等衆生,従我聞法,為阿耨多羅三藐三菩提。此諸衆生,於今有住声聞地者,我常教化阿耨多羅三藐三菩提,是諸人等,応以是法,漸入仏道。所以者何。如来智慧,難信難解。爾時所化無量恒河沙等衆生者,汝等諸比丘,及我滅度後,未来世中声聞弟子是也。我滅度後,復有弟子,不聞是経,不知不覚菩薩所行,自於所得功徳,生滅度想,当入涅槃。我於余国作仏,更有異名,是人雖生滅度之想,入於涅槃,而於彼土,求仏智慧,得聞是経,惟以仏乗而得滅度,更無余乗,除諸如来方便説法。」 「諸比丘,若如来自知涅槃時到,衆又清浄,信解堅固,了達空法,深入禅定,便集諸菩薩及声聞衆,為説是経。世間無有二乗而得滅度,惟一仏乗得滅度耳。比丘当知,如来方便,深入衆生之性,如其志楽小法,深著五欲,為是等故,説於涅槃,是人若聞,則便信受。」
書き下し
「諸の比丘、我等沙弥為りし時、各各無量百千万億恒河沙等の衆生を教化し、我より法を聞きて、阿耨多羅三藐三菩提の為にせしむ。此の諸の衆生、今に於て声聞地に住する者有り、我常に阿耨多羅三藐三菩提を教化す。是の諸人等は、応に是の法を以て、漸く仏道に入るべし。所以は何ん。如来の智慧は信じ難く解し難ければなり。爾の時、化する所の無量恒河沙等の衆生とは、汝等諸の比丘、及び我が滅度の後の未来世の中の声聞の弟子、是れなり。我が滅度の後、復弟子有りて、是の経を聞かず、菩薩の所行を知らず覚らずして、自ら所得の功徳に於て、滅度の想を生じ、当に涅槃に入るべし。我、余国に於て作仏し、更に異名有らん。是の人、滅度の想を生じ、涅槃に入ると雖も、而も彼の土に於て、仏の智慧を求め、是の経を聞くことを得て、惟だ仏乗を以てのみ滅度を得、更に余乗無し。諸の如来の方便説法を除く。」 「諸の比丘、若し如来、自ら涅槃の時到り、衆又清浄にして、信解堅固に、空の法を了達し、深く禅定に入ると知れば、便ち諸の菩薩及び声聞衆を集めて、為に是の経を説く。世間に二乗にして滅度を得ること有ること無し。惟だ一仏乗にして滅度を得るのみ。比丘当に知るべし、如来の方便は、深く衆生の性に入る。其の小法を志楽し、深く五欲に著するが如きは、是れ等の為の故に、涅槃を説く。是の人若し聞かば、則ち便ち信受す。」
現代語訳
「比丘たちよ、私たちが沙弥であったとき、それぞれ無量百千万億恒河沙ほどの衆生を教え導き、私から法を聞いて、この上ない悟りを目指させた。この衆生の中には、今なお声聞の境地にとどまる者がいる。私は常に、彼らにこの上ない悟りを教え導いている。彼らは、この法によって、次第に仏道に入っていくはずである。なぜなら、如来の智慧は信じがたく理解しがたいからである。そのとき導いた無量恒河沙ほどの衆生とは、あなたたち比丘と、私が亡くなった後の未来の声聞の弟子たちである。私の滅度の後にも、この経を聞かず、菩薩の行いを知らず悟らないまま、自分が得た功徳をもって滅度に至ったと思い込み、涅槃に入ろうとする弟子が出るだろう。私はほかの国で仏となり、別の名を持つことになる。この人は、滅度に至ったと思い込み、涅槃に入ったとしても、その国で仏の智慧を求め、この経を聞くことができる。ただ仏乗によってのみ滅度が得られるのであり、ほかの乗り物はない。ただし、如来が方便として説く法は別である。」 「比丘たちよ、もし如来が、自分の涅槃の時が来たと知り、衆も清らかになり、信じて理解することが堅固で、空の法に通達し、深く禅定に入っていると見るならば、諸々の菩薩と声聞の衆を集めて、このために、この経を説く。世間には二乗によって滅度を得ることはない。ただ一仏乗によって滅度を得るのである。比丘たちよ、知りなさい。如来の方便は、衆生の性質に深く入り込む。小さな教えを願い、深く五欲に執着する者には、その人たちのために、涅槃を説く。この人が聞けば、すぐに信じて受け入れるからである。」
解説

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