法華経 / 化城喻品第七(13)
「譬如五百由旬險難惡道,曠絕無人,怖畏之處,若有多眾,欲過此道,至珍寶處。有一導師,聰慧明達,善知險道通塞之相,將導眾人,欲過此難。所將人眾,中路懈退,白導師言:『我等疲極、而復怖畏,不能復進,前路猶遠,今欲退還。』導師多諸方便,而作是念,此等可愍,云何捨大珍寶而欲退還。作是念已,以方便力,於險道中,過三百由旬,化作一城。告眾人言:『汝等勿怖,莫得退還。今此大城,可於中止,隨意所作,若入是城,快得安隱。若能前至寶所,亦可得去。』是時疲極之眾,心大歡喜,歎未曾有:『我等今者,免斯惡道,快得安隱。』於是眾人前入化城,生已度想,生安隱想。爾時導師,知此人眾既得止息,無復疲倦。即滅化城,語眾人言:『汝等去來,寶處在近。向者大城,我所化作,為止息耳。』」
新字:「譬如五百由旬険難悪道,曠絶無人,怖畏之処,若有多衆,欲過此道,至珍宝処。有一導師,聰慧明達,善知険道通塞之相,将導衆人,欲過此難。所将人衆,中路懈退,白導師言:『我等疲極、而復怖畏,不能復進,前路猶遠,今欲退還。』導師多諸方便,而作是念,此等可愍,云何捨大珍宝而欲退還。作是念已,以方便力,於険道中,過三百由旬,化作一城。告衆人言:『汝等勿怖,莫得退還。今此大城,可於中止,随意所作,若入是城,快得安隠。若能前至宝所,亦可得去。』是時疲極之衆,心大歓喜,嘆未曽有:『我等今者,免斯悪道,快得安隠。』於是衆人前入化城,生已度想,生安隠想。爾時導師,知此人衆既得止息,無復疲倦。即滅化城,語衆人言:『汝等去来,宝処在近。向者大城,我所化作,為止息耳。』」
書き下し
「譬えば五百由旬の険難悪道の、曠絶にして人無き、怖畏の処に、若し多衆有りて、此の道を過ぎて、珍宝の処に至らんと欲するに、一りの導師有り、聡慧明達にして、善く険道の通塞の相を知り、衆人を将導して、此の難を過ぎんと欲す。将いる所の人衆、中路にして懈退し、導師に白して言さく、『我等疲極し、而も復怖畏して、復進むこと能わず。前路は猶お遠し、今退還せんと欲す。』導師は多く諸の方便ありて、是の念を作す、『此れ等は愍れむべし、云何ぞ大珍宝を捨てて退還せんと欲する。』是の念を作し已りて、方便力を以て、険道の中に於て、三百由旬を過ぎて、一城を化作す。衆人に告げて言わく、『汝等怖るること勿れ、退還すること得る莫れ。今此の大城は、中に於て止まるべし。意に随いて作す所あり。若し是の城に入らば、快く安隠を得ん。若し能く前みて宝所に至らば、亦去ることを得べし。』是の時、疲極の衆、心大いに歓喜して、未曽有なりと歎ず、『我等今者、斯の悪道を免れ、快く安隠を得たり。』是に於て衆人は前みて化城に入り、已度の想を生じ、安隠の想を生ず。爾の時、導師、此の人衆の既に止息を得て、復疲倦無きを知り、即ち化城を滅して、衆人に語りて言わく、『汝等去来、宝処は近きに在り。向の大城は、我が化作する所にして、止息せしめんが為のみ。』」
現代語訳
「たとえば、五百由旬もの険しく危うい悪路があり、はるかに隔たって人もなく、恐ろしい場所があるとします。もし大勢の人が、この道を越えて、珍しい宝のある所へ行こうとするとき、一人の導師がいて、聡明で道理に通じ、険しい道の通じる所と塞がる所をよく知っていて、人々を率いてこの難所を越えようとします。率いられた人々は、道の半ばで気力が萎え、導師に言いました。『私たちは疲れ果て、そのうえ恐ろしくて、もう進めません。行く手はまだ遠いので、今から引き返したいと思います。』導師は多くの方便を持っていて、こう考えました。『この者たちは気の毒だ。どうして大きな宝を捨てて引き返そうとするのか。』そう考えると、方便の力で、険しい道の途中の三百由旬のところに、一つの城を化作しました。人々に言いました。『恐れてはいけない、引き返してはいけない。この大きな城で休むことができる。思いのままに過ごしなさい。この城に入れば、心地よく安らげる。もし先へ進んで宝のある所に行けるなら、行ってもよい。』このとき疲れ果てた人々は、心から喜び、こんなことは初めてだと歎じました。『私たちはこれで、あの悪路を脱し、心地よく安らぐことができた。』こうして人々は進んで化城に入り、渡り終えたという思いと、安らぎの思いを抱きました。そのとき導師は、人々がすでに休息を得て、もう疲れていないことを知り、すぐに化城を消して、人々に言いました。『さあ行こう。宝のある所はすぐ近くだ。先ほどの大きな城は、私が化作したもので、あなたたちを休ませるためだけのものだ。』」
解説

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関連する章句
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法華経・化城喻品第七(17)我等今頓に乏しく、此に於て退還せんと欲す。導師は是の念を作す、此の輩は甚だ愍れむべし、 如何ぞ退還して、大珍宝を失わんと欲する。尋時に方便を思い、当に神通力を設くべし、 化して大城郭を作り、諸の舎宅を荘厳し、周匝に園林有り、渠流及び浴池あり、 重門高楼閣、男女皆充満せり。即ち是の化を作し已りて、衆を慰めて懼るること勿れと言う、 汝等此の城に入り、各隨所に楽しむべし。諸人既に城に入り、心皆大いに歓喜し、 皆安隠の想を生じ、自ら已に度することを得たりと謂えり。導師は息みぬと知りて、衆を集めて告げて言わく、 汝等当に前進すべし、此れは是れ化城のみ。我汝が疲極して、中路に退還せんと欲するを見る、 故に方便力を以て、権に此の城を化作せり。汝今勤めて精進して、当に共に宝所に至るべし、 我も亦復是の如く、一切の導師為り。諸の求道者の、中路にして懈廃し、 生死、煩悩の諸の険道を度すること能わざるを見て、故に方便力を以て、息めんが為に涅槃を説き、 汝等苦滅し、所作皆已に辦ずと言えり。既に涅槃に到ると知り、皆阿羅漢を得たれば、 爾して乃ち大衆を集めて、為に真実の法を説く。諸仏の方便力もて、分別して三乗を説くも、 唯だ一仏乗のみ有り、息処の故に二を説く。今汝が為に実を説く、汝が得る所は滅に非ず、 仏の一切智の為に、当に大精進を発すべし。汝一切智、十力等の仏法を証し、 三十二相を具えて、乃ち是れ真実の滅なり。諸仏の導師は、息めんが為に涅槃を説き、 既に是の息み已れるを知りて、引いて仏慧に入らしむ。
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法華経・化城喻品第七(14)「諸の比丘、如来も亦復是の如し。今汝等が為に大導師と作り、諸の生死煩悩の悪道は、険難長遠にして、応に去るべく応に度すべきを知る。若し衆生、但だ一仏乗を聞かば、則ち仏を見んと欲せず、親近せんと欲せず、便ち是の念を作さん、『仏道は長遠にして、久しく勤苦を受けて、乃ち成ずべし。』仏は是の心の怯弱下劣なるを知りて、方便力を以て、中道に於て止息せんが為の故に、二涅槃を説く。若し衆生、二地に住せば、如来爾の時即便ち為に説かん、『汝等の所作は未だ辦ぜず、汝が住する地は、仏慧に近し。当に観察籌量すべし、得る所の涅槃は、真実に非ず。但だ是れ如来の方便の力にして、一仏乗に於て、分別して三を説くのみ。』彼の導師の、止息せんが為に、大城を化作し、既に息み已れるを知りて、之に告げて言わく、『宝処は近きに在り、此の城は実に非ず、我が化作するのみ』というが如し。」 爾の時、世尊重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説いて言わく、
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法華経・化城喻品第七(16)時に十六の王子、出家して沙弥と作り、皆共に彼の仏に請うて、大乗の法を演説せしむ。 我等及び営従、皆当に仏道を成ずべし、願わくは世尊の如く、慧眼第一浄なることを得ん。 仏は童子の心、宿世の行ずる所を知り、無量の因縁、種種の諸の譬喩を以て、 六波羅蜜、及び諸の神通の事を説き、真実の法、菩薩の行ずる所の道を分別し、 是の法華経を説きたもうこと、恒河沙の偈の如し。彼の仏は経を説き已りて、静室に禅定に入りたもう。 一心に一処に坐したもうこと、八万四千劫なり。是の諸の沙弥等、仏の禅の未だ出でざるを知り、 無量億の衆の為に、仏の無上慧を説き、各各法座に坐して、是の大乗経を説く。 仏の宴寂の後に於て、宣揚して法化を助く。一一の沙弥等の、度する所の諸の衆生は、 六百万億にして、恒河沙等の衆なり。彼の仏の滅度の後、是の法を聞きし者は、 在在の諸仏の土に、常に師と与に倶に生ず。是の十六の沙弥、具足して仏道を行じ、 今現に十方に在りて、各正覚を成ずることを得たり。爾の時の聞法の者は、各諸仏の所に在り、 其の声聞に住する有らば、漸く教うるに仏道を以てす。我十六の数に在りて、曽て亦汝が為に説けり、 是の故に方便を以て、汝を引きて仏慧に趣かしむ。是の本の因縁を以て、今法華経を説き、 汝をして仏道に入らしむ、慎みて驚懼を懐くこと勿れ。譬えば険悪の道の、迥かに絶え毒獣多く、 又復水草無く、人の怖畏する所の処なるが如し。無数千万の衆、此の険道を過ぎんと欲す、 其の路は甚だ曠遠にして、五百由旬を経たり。時に一りの導師有り、強識にして智慧有り、 明了にして心決定し、険に在りて衆の難を済う。衆人は皆疲倦して、導師に白して言わく、
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法華経・信解品第四(7)我等、今日、仏の音教を聞き、歓喜踊躍して、未曾有なることを得たり。仏は説きたまう、声聞も、当に作仏することを得べし、と。無上の宝聚、求めずして自ら得たり。 譬えば童子の、幼稚にして無識なる、父を捨てて逃げ逝き、遠く他土に到り、諸国を周流すること、五十余年なるが如し。其の父は憂念し、四方に推求す、 之を求むること既に疲れて、頓に一城に止まり、舎宅を造立し、五欲もて自ら娯しむ。其の家は巨富にして、多く金銀、硨磲、瑪瑙、真珠、瑠璃、 象馬牛羊、輦輿車乗、田業僮僕あり、人民衆多にして、出内息利、乃ち他国に遍く、商估賈人、処として有らざる無し、 千万億の衆、囲繞し恭敬し、常に王者の愛念する所と為り、群臣豪族、皆共に宗重す。諸の縁を以ての故に、往来する者衆し、 豪富なること是くの如く、大力勢有り。而も年朽邁して、益々子を憂念し、夙夜に惟念すらく、死する時将に至らんとす、癡子、我を捨てて、五十余年なり、 庫蔵の諸物、当に之を如何すべき、と。爾の時、窮子、衣食を求索し、邑より邑に、国より国に至り、或いは得る所有り、或いは得る所無く、 飢餓羸瘦して、体に瘡癬を生じ、漸次に経歴して、父の住む城に到り、傭賃展転して、遂に父の舎に至る。爾の時、長者、其の門内に於て、 大宝帳を施し、師子座に処し、眷属囲繞し、諸人侍衛し、或いは計算する有り、金銀宝物、財産を出内し、券疏に注記す。 窮子、父の豪貴尊厳なるを見て、謂えらく、是れ国王、若しくは国王に等しき者ならん、と。驚怖して自ら怪しむ、何が故に此に至れるや、と。覆た自ら念言すらく、我、若し久しく住まらば、 或いは逼迫せられ、強いて駆り使い作さしめられん、と。思惟し是れ已りて、馳せ走りて去り、貧里を借問して、往きて傭作せんと欲す。長者、是の時、師子座に在りて、
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法華経・化城喻品第七(12)「諸の比丘、我等沙弥為りし時、各各無量百千万億恒河沙等の衆生を教化し、我より法を聞きて、阿耨多羅三藐三菩提の為にせしむ。此の諸の衆生、今に於て声聞地に住する者有り、我常に阿耨多羅三藐三菩提を教化す。是の諸人等は、応に是の法を以て、漸く仏道に入るべし。所以は何ん。如来の智慧は信じ難く解し難ければなり。爾の時、化する所の無量恒河沙等の衆生とは、汝等諸の比丘、及び我が滅度の後の未来世の中の声聞の弟子、是れなり。我が滅度の後、復弟子有りて、是の経を聞かず、菩薩の所行を知らず覚らずして、自ら所得の功徳に於て、滅度の想を生じ、当に涅槃に入るべし。我、余国に於て作仏し、更に異名有らん。是の人、滅度の想を生じ、涅槃に入ると雖も、而も彼の土に於て、仏の智慧を求め、是の経を聞くことを得て、惟だ仏乗を以てのみ滅度を得、更に余乗無し。諸の如来の方便説法を除く。」 「諸の比丘、若し如来、自ら涅槃の時到り、衆又清浄にして、信解堅固に、空の法を了達し、深く禅定に入ると知れば、便ち諸の菩薩及び声聞衆を集めて、為に是の経を説く。世間に二乗にして滅度を得ること有ること無し。惟だ一仏乗にして滅度を得るのみ。比丘当に知るべし、如来の方便は、深く衆生の性に入る。其の小法を志楽し、深く五欲に著するが如きは、是れ等の為の故に、涅槃を説く。是の人若し聞かば、則ち便ち信受す。」
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法華経・化城喻品第七(1)仏、諸の比丘に告げたまわく、「乃往過去、無量無辺不可思議阿僧祇劫に、爾の時に仏有し、大通智勝如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊と名づく。其の国を好城と名づけ、劫を大相と名づく。諸の比丘、彼の仏の滅度したまいしより已来、甚だ大いに久遠なり。譬えば三千大千世界の所有の地種を、仮使い人有りて、磨りて以て墨と為し、東方千の国土を過ぎて、乃ち一点を下す、大きさ微塵の如し、又、千の国土を過ぎて、復た一点を下す、是くの如く展転して地種の墨を尽くさんに、汝等が意に於て云何。是の諸の国土を、若しくは算師、若しくは算師の弟子、能く辺際を得て、其の数を知るや否や。」「不なり、世尊。」「諸の比丘、是の人の経る所の国土の、点ずると点ぜざるとを、尽く抹して塵と為し、一塵を一劫とせん、彼の仏の滅度したまいしより已来、復た是の数を過ぐること、無量無辺百千万億阿僧祇劫なり。我、如来の知見力を以ての故に、彼の久遠を観ること、猶お今日の若し。」 爾の時、世尊、重ねて此の義を宣べんと欲して、偈を説きて言わく、 我、過去世の、無量無辺劫を念うに、仏有り、両足の尊にして、大通智勝と名づく。 人の力を以て、三千大千の土を磨り、此の諸の地種を尽くして、皆悉く以て墨と為さんが如し。 千の国土を過ぎて、乃ち一塵を下し、是くの如く展転して点じ、此の諸の塵墨を尽くさん。 是くの如き諸の国土の、点ずると点ぜざると等しく、復た尽く抹して塵と為し、一塵を一劫と為さん。 此の諸の微塵の数よりも、其の劫は復た是れを過ぐ。彼の仏の滅度より来、是くの如く無量劫なり。 如来の無礙の智は、彼の仏の滅度、及び声聞菩薩を知ること、今の滅度を見るが如し。 諸の比丘当に知るべし、仏智は浄く微妙にして、無漏無礙なり、無量劫に通達したもう。