法華経 / 授記品第六(2)
告諸比丘,我以佛眼,見是迦葉。於未來世、 過無數劫,當得作佛。而於來世、供養奉覲, 三百萬億、諸佛世尊,為佛智慧,淨修梵行。 供養最上、二足尊已,修習一切、無上之慧, 於最後身、得成為佛。其土清淨,琉璃為地, 多諸寶樹、行列道側、金繩界道,見者歡喜。 常出好香,散眾名華,種種奇妙、以為莊嚴。 其地平正,無有丘坑。諸菩薩眾、不可稱計, 其心調柔,逮大神通,奉持諸佛、大乘經典。 諸聲聞眾、無漏後身,法王之子,亦不可計, 乃以天眼、不能數知。其佛當壽、十二小劫, 正法住世、二十小劫,像法亦住,二十小劫。 光明世尊,其事如是。 爾時大目犍連、須菩提、摩訶迦栴延等,皆悉悚栗,一心合掌,瞻仰尊顏,目不暫捨,即共同聲而說偈言: 大雄猛世尊,諸釋之法王,哀愍我等故,而賜佛音聲。 若知我深心,見為授記者,如以甘露灑,除熱得清涼。 如從饑國來,忽遇大王膳,心猶懷疑懼,未敢即便食, 若復得王教,然後乃敢食。我等亦如是,每惟小乘過, 不知當云何、得佛無上慧。雖聞佛音聲,言我等作佛, 心尚懷憂懼,如未敢便食,若蒙佛授記,爾乃快安樂。 大雄猛世尊,常欲安世間,願賜我等記,如饑需教食。
新字:告諸比丘,我以仏眼,見是迦葉。於未来世、 過無数劫,当得作仏。而於来世、供養奉覲, 三百万億、諸仏世尊,為仏智慧,浄修梵行。 供養最上、二足尊已,修習一切、無上之慧, 於最後身、得成為仏。其土清浄,琉璃為地, 多諸宝樹、行列道側、金縄界道,見者歓喜。 常出好香,散衆名華,種種奇妙、以為荘厳。 其地平正,無有丘坑。諸菩薩衆、不可称計, 其心調柔,逮大神通,奉持諸仏、大乗経典。 諸声聞衆、無漏後身,法王之子,亦不可計, 乃以天眼、不能数知。其仏当寿、十二小劫, 正法住世、二十小劫,像法亦住,二十小劫。 光明世尊,其事如是。 爾時大目犍連、須菩提、摩訶迦栴延等,皆悉悚栗,一心合掌,瞻仰尊顔,目不暫捨,即共同声而説偈言: 大雄猛世尊,諸釈之法王,哀愍我等故,而賜仏音声。 若知我深心,見為授記者,如以甘露灑,除熱得清涼。 如従饑国来,忽遇大王膳,心猶懐疑懼,未敢即便食, 若復得王教,然後乃敢食。我等亦如是,毎惟小乗過, 不知当云何、得仏無上慧。雖聞仏音声,言我等作仏, 心尚懐憂懼,如未敢便食,若蒙仏授記,爾乃快安楽。 大雄猛世尊,常欲安世間,願賜我等記,如饑需教食。
書き下し
諸の比丘に告ぐ、我、仏眼を以て、是の迦葉を見るに、未来世に於て、 無数劫を過ぎて、当に作仏することを得べし。而も来世に於て、供養し奉覲すること、 三百万億の、諸仏世尊に、仏の智慧の為に、浄く梵行を修せん。 最上の、二足尊を供養し已りて、一切の、無上の慧を修習し、 最後身に於て、成仏することを得ん。其の土は清浄にして、瑠璃を地と為し、 多く諸の宝樹あり、道の側に行列し、金縄もて道を界い、見る者歓喜す。 常に好き香を出し、衆の名華を散らし、種種の奇妙なるを、以て荘厳と為す。 其の地は平正にして、丘坑有ること無し。諸の菩薩衆は、称計すべからず、 其の心は調柔にして、大神通に逮び、諸仏の、大乗経典を奉持す。 諸の声聞衆は、無漏の後身にして、法王の子なり、亦計るべからず、 乃ち天眼を以てするも、数え知ること能わず。其の仏の当に寿なるべきは、十二小劫、 正法の世に住すること、二十小劫、像法も亦住すること、二十小劫なり。 光明世尊、其の事、是くの如し。 爾の時、大目犍連、須菩提、摩訶迦旃延等、皆悉く悚慄し、一心に合掌して、尊顔を瞻仰し、目を暫くも捨てず、即ち共に同声に偈を説きて言わく、 大雄猛世尊、諸釈の法王、我等を哀愍するが故に、而も仏の音声を賜え。 若し我が深心を知り、見て授記を為さば、甘露を以て灑ぎ、熱を除きて清涼を得るが如し。 饑国より来りて、忽ちに大王の膳に遇い、心猶お疑懼を懐き、未だ敢て即便ち食わず、 若し復た王の教えを得ば、然して後に乃ち敢て食らうが如し。我等も亦是くの如し、毎に小乗の過ちを惟い、 当に云何にして、仏の無上の慧を得べきかを知らず。仏の音声を聞くと雖も、我等作仏せんと言いたまうに、 心尚お憂懼を懐き、未だ敢て便ち食わざるが如し、若し仏の授記を蒙らば、爾して乃ち快く安楽ならん。 大雄猛世尊、常に世間を安んぜんと欲したまう、願わくは我等に記を賜え、饑えて教えを需めて食らうが如し。
現代語訳
比丘たちに告げます。私は仏の眼で、この迦葉を見ると、未来の世で、無数の劫を過ぎて、仏になることができます。そして来世で、三百万億の諸仏世尊にお仕えし、供養し、仏の智慧のために清らかな行を修めるでしょう。最上の、二本足の中で尊い方々を供養し終えて、この上ない智慧をことごとく修め、最後の身で仏になるでしょう。その国土は清らかで、瑠璃が大地となり、多くの宝の樹が道のわきに並び、黄金の縄で道を区切り、見る人は喜びます。常によい香りが立ちのぼり、さまざまな名花が撒かれ、いろいろな不思議な飾りで荘厳されています。その大地は平らで正しく、丘や穴はありません。菩薩たちは数えきれず、その心は柔らかく調い、大きな神通力に及び、諸仏の大乗の経典を受け持っています。声聞たちは、煩悩のない最後の身で、法王の子であり、これもまた数えきれず、天眼をもってしても数え知ることはできません。その仏の寿命は十二小劫、正法が世に住するのは二十小劫、像法もまた二十小劫です。光明世尊の事柄は、このとおりです。 そのとき大目犍連、須菩提、摩訶迦旃延たちは、みな身を震わせて畏れ、一心に合掌して仏の尊顔を仰ぎ見、目を少しも離さず、声をそろえて偈を説いて言いました。大雄猛の世尊、釈迦族の法の王よ、私たちを憐れんで、仏の声を賜ってください。もし私たちの深い心を知り、授記をくださるなら、甘露を注がれて熱が除かれ涼しさを得るようなものです。飢えた国から来た者が突然、大王の食事に出会い、心になお疑いと恐れを抱いて、すぐには食べようとせず、もし王の許しが出れば、そのあとで初めて食べるようなものです。私たちも同じで、いつも小乗の過ちを思い、どうすれば仏の無上の智慧を得られるのか分かりません。仏の声で私たちが仏になると言われても、心はなお憂いと恐れを抱き、まだ食べられないでいるようなものです。もし仏の授記をいただければ、そのとき快く安楽になります。大雄猛の世尊、いつも世間を安らかにしようとされる方よ、どうか私たちに授記を賜ってください、飢えた者が許しを待って食べるように。
解説

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