法華経 / 譬喻品第三(10)
佛告舍利弗:「善哉善哉,如汝所言。舍利弗,如來亦復如是,則為一切世間之父。於諸怖畏、衰惱、憂患、無明闇蔽,永盡無餘,而悉成就無量知見、力無所畏,有大神力及智慧力,具足方便、智慧波羅蜜,大慈、大悲,常無懈倦,恒求善事,利益一切。而生三界朽故火宅,為度眾生、生老病死、憂悲、苦惱、愚癡、闇蔽、三毒之火,教化、令得阿耨多羅三藐三菩提。見諸眾生為生老病死、憂悲、苦惱、之所燒煮,亦以五欲財利故、受種種苦,又以貪著追求故,現受眾苦,後受地獄、畜生、餓鬼、之苦,若生天上、及在人間,貧窮困苦、愛別離苦、怨憎會苦、如是等種種諸苦。眾生沒在其中,歡喜遊戲,不覺不知,不驚不怖,亦不生厭,不求解脫。於此三界火宅、東西馳走,雖遭大苦,不以為患。舍利弗,佛見此已,便作是念:『我為眾生之父,應拔其苦難,與無量無邊佛智慧樂,令其遊戲。』」 「舍利弗,如來復作是念:『若我但以神力、及智慧力,捨於方便,為諸眾生讚如來知見、力無所畏者,眾生不能以是得度。所以者何。是諸眾生,未免生老病死、憂悲、苦惱,而為三界火宅所燒,何由能解佛之智慧。』」
新字:仏告舎利弗:「善哉善哉,如汝所言。舎利弗,如来亦復如是,則為一切世間之父。於諸怖畏、衰悩、憂患、無明闇蔽,永尽無余,而悉成就無量知見、力無所畏,有大神力及智慧力,具足方便、智慧波羅蜜,大慈、大悲,常無懈倦,恒求善事,利益一切。而生三界朽故火宅,為度衆生、生老病死、憂悲、苦悩、愚痴、闇蔽、三毒之火,教化、令得阿耨多羅三藐三菩提。見諸衆生為生老病死、憂悲、苦悩、之所焼煮,亦以五欲財利故、受種種苦,又以貪著追求故,現受衆苦,後受地獄、畜生、餓鬼、之苦,若生天上、及在人間,貧窮困苦、愛別離苦、怨憎会苦、如是等種種諸苦。衆生没在其中,歓喜遊戯,不覚不知,不驚不怖,亦不生厭,不求解脱。於此三界火宅、東西馳走,雖遭大苦,不以為患。舎利弗,仏見此已,便作是念:『我為衆生之父,応抜其苦難,与無量無辺仏智慧楽,令其遊戯。』」 「舎利弗,如来復作是念:『若我但以神力、及智慧力,捨於方便,為諸衆生讃如来知見、力無所畏者,衆生不能以是得度。所以者何。是諸衆生,未免生老病死、憂悲、苦悩,而為三界火宅所焼,何由能解仏之智慧。』」
書き下し
仏、舎利弗に告げたまわく、「善きかな善きかな、汝が言う所の如し。舎利弗、如来も亦復是の如く、則ち一切世間の父たり。諸の怖畏・衰悩・憂患・無明闇蔽に於いて、永く尽くして余無く、而も悉く無量の知見・力・無所畏を成就し、大神力及び智慧力有り、方便・智慧波羅蜜を具足し、大慈・大悲、常に懈倦無く、恒に善事を求めて、一切を利益す。而して三界の朽故の火宅に生まれて、衆生の生老病死・憂悲・苦悩・愚癡・闇蔽・三毒の火を度し、教化して阿耨多羅三藐三菩提を得しめんが為なり。諸の衆生の、生老病死・憂悲・苦悩の為に焼煮せらるるを見、亦五欲・財利の故に、種種の苦を受け、又貪著・追求するを以ての故に、現に衆苦を受け、後に地獄・畜生・餓鬼の苦を受け、若しは天上に生まれ、及び人間に在りても、貧窮困苦・愛別離苦・怨憎会苦、是の如き等の種種の諸苦あるを見る。衆生其の中に没在して、歓喜遊戯し、覚らず知らず、驚かず怖れず、亦厭を生ぜず、解脱を求めず。此の三界の火宅に於いて、東西に馳走し、大苦に遭うと雖も、以て患いと為さず。舎利弗、仏此れを見已りて、便ち是の念を作す、『我は衆生の父たり、応に其の苦難を抜き、無量無辺の仏の智慧の楽を与えて、其れをして遊戯せしむべし』と。」 「舎利弗、如来復是の念を作す、『若し我、但神力及び智慧力を以て、方便を捨てて、諸の衆生の為に如来の知見・力・無所畏を讃めば、衆生は是を以て度することを得じ。所以は何ん。是の諸の衆生は、未だ生老病死・憂悲・苦悩を免れずして、三界の火宅に焼かる、何に由りてか能く仏の智慧を解せん』と。」
現代語訳
仏は舎利弗に告げられました。「よいかな、よいかな。あなたの言うとおりです。舎利弗よ、如来もまた同じように、あらゆる世間の父です。もろもろの恐れ、衰え悩み、憂い、無明の闇を、永く尽くして余りなく、無量の知見、力、恐れなき自信を成就し、大きな神通力と智慧の力を持ち、方便と智慧の完成を備え、大慈大悲、常に怠ることがなく、常に善いことを求めて、すべてを利益します。そして三界という朽ち古びた火の家に生まれ、衆生の生老病死、憂いと悲しみ、苦悩、愚かさ、闇、三毒の火を救うため、教化して阿耨多羅三藐三菩提を得させようとします。衆生が生老病死、憂悲、苦悩に焼かれ煮られているのを見ます。また五欲と財利のためにさまざまな苦を受け、貪りと追い求めによって、現世にもろもろの苦を受け、後には地獄・畜生・餓鬼の苦を受け、天上に生まれても、人間にあっても、貧しく困窮し、愛する者と別れる苦しみ、憎む者と会う苦しみ、このようなさまざまな苦を受けるのを見ます。衆生はその中に沈み、喜び遊び、気づかず知らず、驚かず恐れず、厭うこともなく、解脱を求めません。この三界の火の家の中で、東西に走り回り、大きな苦に遭っても、それを患いとしません。舎利弗よ、仏はこれを見て、こう思いました。私は衆生の父である。その苦難を抜き、無量無辺の仏の智慧の楽を与えて、遊ばせるべきだ、と。」 「舎利弗よ、如来はさらにこう思いました。もし私が、ただ神通力と智慧の力だけで、方便を捨てて、衆生のために如来の知見、力、恐れなき自信をたたえても、衆生はそれでは救われない。なぜなら、これらの衆生は、まだ生老病死、憂悲、苦悩を免れず、三界の火の家に焼かれている。どうして仏の智慧を理解できるだろうか、と。」
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『仏遺教経』智慧汝等比丘、若し智慧有らば、則ち貪著無し。常に自ら省察して、失有らしめざれ。是れ則ち我が法の中に於て、能く解脱を得ん。若し爾らずんば、既に道人に非ず、又た白衣に非ず、名づくる所無きなり。実の智慧は、則ち是れ老病死の海を度る堅牢の船なり。亦た是れ無明黒暗の大明灯なり。一切の病者の良薬なり。煩悩の樹を伐る利斧なり。是の故に汝等、当に聞思修慧を以て自ら増益すべし。若し人、智慧の照有らば、天眼無しと雖も、是れ明見の人なり。是を智慧と名づく。
-
論語・憲問篇子曰く、「君子の道なる者三つ、我能くすること無し。仁者は憂えず、知者は惑わず、勇者は懼れず。」子貢曰く、「夫子自ら道うなり。」
-
論語・子罕篇子曰わく、知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼れず。
-
維摩経・文殊師利問疾品第五(5)是の如く老病死を兼ね除く者は、菩薩の謂いなり。彼の有疾の菩薩は、応に復た是の念を作すべし。我が此の病の如く、非真非有なり。衆生の病も亦た非真非有なり。是の観を作す時、諸の衆生に於いて若し愛見の大悲を起こさば、即ち応に捨離すべし。所以は何ん。菩薩は客塵の煩悩を断除して大悲を起こす。愛見の悲とは、則ち生死に於いて疲厭の心有り。若し能く此れを離るれば疲厭有ること無く、在在の所生に愛見の覆う所と為らず。所生に縛無くして、能く衆生の為に法を説きて縛を解く。仏の説きたまう所の如し、若し自ら縛有れば能く彼の縛を解くこと、是の処有ること無し。若し自ら縛無くば、能く彼の縛を解くこと、斯の処有り。是の故に菩薩は縛を起こすべからず。何をか縛と謂い、何をか解と謂う。禅味に貪著するは是れ菩薩の縛なり。方便を以て生ずるは是れ菩薩の解なり。又、方便無き慧は縛、方便有る慧は解、慧無き方便は縛、慧有る方便は解なり。何をか方便無き慧の縛と謂う。謂わく、菩薩、愛見の心を以て仏土を荘厳し衆生を成就し、空・無相・無作の法の中に於いて自ら調伏するを、是れを方便無き慧の縛と名づく。何をか方便有る慧の解と謂う。謂わく、愛見の心を以て仏土を荘厳し衆生を成就せず、空・無相・無作の法の中に於いて、自ら調伏するを以て而も疲厭せざるを、是れを方便有る慧の解と名づく。何をか慧無き方便の縛と謂う。謂わく、菩薩、貪欲・瞋恚・邪見等の諸の煩悩に住して、而も衆の徳本を植うるを、是れを慧無き方便の縛と名づく。何をか慧有る方便の解と謂う。謂わく、諸の貪欲・瞋恚・邪見等の諸の煩悩を離れて、而も衆の徳本を植え、阿耨多羅三藐三菩提に迴向するを、是れを慧有る方便の解と名づく。文殊師利、彼の有疾の菩薩は、応に是の如く諸法を観ずべし。又復た身は無常・苦・空・非我なりと観ずる、是れを慧と為す。身に疾有りと雖も常に生死に在りて、一切を饒益して厭倦せざる、是れを方便と為す。又復た身を観るに、身は病を離れず、病は身を離れず。是の病、是の身、新に非ず故に非ずと観ずる、是れを慧と為す。設い身に疾有るも永く滅せざる、是れを方便と為す。
-
『十善法語』巻第七・不兩舌戒此後六群比丘城中ニ入リ分衛スルトキ。諸人譏嫌シテ言ク。尊者目連スラ言真実ナラス。汝等カ法信ズルニ足ズト。六群比丘此ヲ聞テ曰ク。汝戦得勝。即合却廻。誰更遣汝逐他軍衆。汝豈不聞。野干被迫力同猛虎ト。彼衆黙然ス。六群還リ来テ。目連尊者ヲ挙罪シ。捨置羯磨ヲ以テ治罰スベシト云。諸ノ茲蒭此ヲ世尊ニ白ス。時世尊諸ノ衆僧ニ告タマフ。凡ソ人戦闘ヲ催ス時。神祇先空中ニ闘フ。此国ノ神祇戦勝ハ。此国ノ人勝コトヲ得。敵国ノ神祇戦勝ハ。敵国勝利ヲ得テ此国必ス敗北ス。目連記スル時ニ当テ。広厳城ノ神祇戦勝ツ。王舎城ノ神祇敗北ス。後河岸ニ至テ。王舎城ノ神祇勝利ヲ得テ。広厳城ノ神祇敗北ス。目連ハ其初ヲ記シテ。後ノ敗北ヲ記セズ。目連ニ咎ナシ。但シ其智不足ナリト。看ヨ。軍事ナドハ。神人相応シテ。運数定リ有ト云コトシヤ。思ヘハ面白キコトシヤ。支那国。元ノ亡フル前。絳州夜天鼓鳴将暁復鳴。声如空中戦闘トアル事ナト。思ヒ合スヘキシヤ。
-
『法句経』第二十六 婆羅門の部 四二二・四二三 円満せる智者四二二 最上勇猛なる牛(王)、大仙、已服者、無欲者、沐浴者、覚悟者を我は婆羅門と謂ふ。 四二三 人あり前世の生存を知り、又神と悪趣とを見、又生の尽を得、神通円満せる智者となり、一切円満せる円満を有する彼を我は婆羅門と謂ふ。