十善法語 / 巻第七・不兩舌戒
此後六群比丘城中ニ入リ分衞スルトキ。諸人譏嫌シテ言ク。尊者目連スラ言眞實ナラス。汝等カ法信ズルニ足ズト。六群比丘此ヲ聞テ曰ク。汝戰得勝。卽合却廻。誰更遣汝逐他軍衆。汝豈不聞。野干被迫力同猛虎ト。彼衆默然ス。六群還リ來テ。目連尊者ヲ擧罪シ。捨置羯磨ヲ以テ治罰スベシト云。諸ノ茲蒭此ヲ世尊ニ白ス。時世尊諸ノ衆僧ニ告タマフ。凡ソ人戰鬪ヲ催ス時。神祇先空中ニ鬪フ。此國ノ神祇戰勝ハ。此國ノ人勝コトヲ得。敵國ノ神祇戰勝ハ。敵國勝利ヲ得テ此國必ス敗北ス。目連記スル時ニ當テ。廣嚴城ノ神祇戰勝ツ。王舍城ノ神祇敗北ス。後河岸ニ至テ。王舍城ノ神祇勝利ヲ得テ。廣嚴城ノ神祇敗北ス。目連ハ其初ヲ記シテ。後ノ敗北ヲ記セズ。目連ニ咎ナシ。但シ其智不足ナリト。看ヨ。軍事ナドハ。神人相應シテ。運數定リ有ト云コトシヤ。思ヘハ面白キコトシヤ。支那國。元ノ亡フル前。絳州夜天鼓鳴將曉復鳴。聲如空中戰鬪トアル事ナト。思ヒ合スヘキシヤ。
新字:此後六群比丘城中ニ入リ分衛スルトキ。諸人譏嫌シテ言ク。尊者目連スラ言真実ナラス。汝等カ法信ズルニ足ズト。六群比丘此ヲ聞テ曰ク。汝戦得勝。即合却廻。誰更遣汝逐他軍衆。汝豈不聞。野干被迫力同猛虎ト。彼衆黙然ス。六群還リ来テ。目連尊者ヲ挙罪シ。捨置羯磨ヲ以テ治罰スベシト云。諸ノ茲蒭此ヲ世尊ニ白ス。時世尊諸ノ衆僧ニ告タマフ。凡ソ人戦闘ヲ催ス時。神祇先空中ニ闘フ。此国ノ神祇戦勝ハ。此国ノ人勝コトヲ得。敵国ノ神祇戦勝ハ。敵国勝利ヲ得テ此国必ス敗北ス。目連記スル時ニ当テ。広厳城ノ神祇戦勝ツ。王舎城ノ神祇敗北ス。後河岸ニ至テ。王舎城ノ神祇勝利ヲ得テ。広厳城ノ神祇敗北ス。目連ハ其初ヲ記シテ。後ノ敗北ヲ記セズ。目連ニ咎ナシ。但シ其智不足ナリト。看ヨ。軍事ナドハ。神人相応シテ。運数定リ有ト云コトシヤ。思ヘハ面白キコトシヤ。支那国。元ノ亡フル前。絳州夜天鼓鳴将暁復鳴。声如空中戦闘トアル事ナト。思ヒ合スヘキシヤ。
書き下し
此後六群比丘城中ニ入リ分衛スルトキ。諸人譏嫌シテ言ク。尊者目連スラ言真実ナラス。汝等カ法信ズルニ足ズト。六群比丘此ヲ聞テ曰ク。汝戦得勝。即合却廻。誰更遣汝逐他軍衆。汝豈不聞。野干被迫力同猛虎ト。彼衆黙然ス。六群還リ来テ。目連尊者ヲ挙罪シ。捨置羯磨ヲ以テ治罰スベシト云。諸ノ茲蒭此ヲ世尊ニ白ス。時世尊諸ノ衆僧ニ告タマフ。凡ソ人戦闘ヲ催ス時。神祇先空中ニ闘フ。此国ノ神祇戦勝ハ。此国ノ人勝コトヲ得。敵国ノ神祇戦勝ハ。敵国勝利ヲ得テ此国必ス敗北ス。目連記スル時ニ当テ。広厳城ノ神祇戦勝ツ。王舎城ノ神祇敗北ス。後河岸ニ至テ。王舎城ノ神祇勝利ヲ得テ。広厳城ノ神祇敗北ス。目連ハ其初ヲ記シテ。後ノ敗北ヲ記セズ。目連ニ咎ナシ。但シ其智不足ナリト。看ヨ。軍事ナドハ。神人相応シテ。運数定リ有ト云コトシヤ。思ヘハ面白キコトシヤ。支那国。元ノ亡フル前。絳州夜天鼓鳴将暁復鳴。声如空中戦闘トアル事ナト。思ヒ合スヘキシヤ。
現代語訳
この後、六群比丘が城中に入って托鉢したとき、人々はそしり嫌って言った。尊者目連でさえ言葉が真実でない。あなたがたの法は信じるに足りない、と。六群比丘はこれを聞いて言った。あなたがたは戦って勝ったのだから、すぐに引き返すべきだった。誰がさらにあなたがたに他の軍勢を追わせたのか。あなたがたは聞いていないのか。野干(ジャッカル)も追い詰められれば力は猛虎と同じだ、と。彼らは黙った。六群比丘は帰って来て、目連尊者の罪を挙げ、捨置羯磨によって罰すべきだと言った。多くの比丘がこれを世尊に申し上げた。そのとき世尊は多くの僧たちに告げられた。およそ人が戦を起こすとき、神々がまず空中で戦う。この国の神々が戦に勝てば、この国の人が勝つことができる。敵国の神々が戦に勝てば、敵国が勝利を得て、この国は必ず敗北する。目連が予言したときに当たっては、広厳城の神々が戦に勝ち、王舎城の神々が敗北していた。後に河岸に至って、王舎城の神々が勝利を得て、広厳城の神々が敗北した。目連はその初めを予言して、後の敗北を予言しなかった。目連に咎はない。ただその智が足りなかったのである、と。見よ。軍事などは神と人とが相応して、運数に定まりがあるということだ。思えば面白いことである。中国で、元が滅ぶ前に、絳州で夜に天の鼓が鳴り、明け方にまた鳴って、その音は空中で戦うようであった、とある事なども、思い合わせるべきである。
解説
この章句が説くこと
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