法華経 / 譬喻品第三(9)
「舍利弗,爾時長者各賜諸子、等一大車,其車高廣,眾寶莊校,周匝欄楯,四面懸鈴。又於其上、張設幰蓋,亦以珍奇雜寶而嚴飾之,寶繩交絡,垂諸華纓,重敷婉筵,安置丹枕。駕以白牛,膚色充潔,形體姝好,有大筋力,行步平正,其疾如風。又多僕從、而侍衛之。所以者何。是大長者、財富無量,種種諸藏,悉皆充溢。而作是念,我財物無極,不應以下劣小車、與諸子等,今此幼童,皆是吾子,愛無偏党,我有如是七寶大車,其數無量,應當等心、各各與之,不宜差別。所以者何。以我此物、周給一國,猶尚不匱,何況諸子。是時諸子各乘大車,得未曾有,非本所望。」 「舍利弗,於汝意云何,是長者、等與諸子珍寶大車,寧有虛妄否?」舍利弗言:「不也、世尊,是長者、但令諸子得免火難,全其軀命,非為虛妄。何以故。若全身命,便為已得玩好之具,況復方便,於彼火宅而拔濟之。世尊,若是長者,乃至不與最小一車,猶不虛妄。何以故。是長者先作是意:『我以方便、令子得出。』以是因緣,無虛妄也。何況長者、自知財富無量,欲饒益諸子,等與大車。」
新字:「舎利弗,爾時長者各賜諸子、等一大車,其車高広,衆宝荘校,周匝欄楯,四面懸鈴。又於其上、張設幰蓋,亦以珍奇雑宝而厳飾之,宝縄交絡,垂諸華纓,重敷婉筵,安置丹枕。駕以白牛,膚色充潔,形体姝好,有大筋力,行歩平正,其疾如風。又多僕従、而侍衛之。所以者何。是大長者、財富無量,種種諸蔵,悉皆充溢。而作是念,我財物無極,不応以下劣小車、与諸子等,今此幼童,皆是吾子,愛無偏党,我有如是七宝大車,其数無量,応当等心、各各与之,不宜差別。所以者何。以我此物、周給一国,猶尚不匱,何況諸子。是時諸子各乗大車,得未曽有,非本所望。」 「舎利弗,於汝意云何,是長者、等与諸子珍宝大車,寧有虚妄否?」舎利弗言:「不也、世尊,是長者、但令諸子得免火難,全其躯命,非為虚妄。何以故。若全身命,便為已得玩好之具,況復方便,於彼火宅而抜済之。世尊,若是長者,乃至不与最小一車,猶不虚妄。何以故。是長者先作是意:『我以方便、令子得出。』以是因縁,無虚妄也。何況長者、自知財富無量,欲饒益諸子,等与大車。」
書き下し
「舎利弗、爾の時、長者各諸子に、等しく一の大車を賜う。其の車は高広にして、衆宝もて荘校し、周匝して欄楯あり、四面に鈴を懸く。又其の上に、幰蓋を張設し、亦珍奇の雑宝を以て之を厳飾し、宝縄交絡し、諸の華纓を垂れ、重ねて婉筵を敷き、丹枕を安置す。駕するに白牛を以てす、膚色充潔にして、形体姝好に、大筋力有り、行歩平正にして、其の疾きこと風の如し。又多く僕従ありて、之を侍衛す。所以は何ん。是の大長者は、財富無量にして、種種の諸蔵、悉く皆充溢せり。而して是の念を作す、我が財物は極まり無し、下劣の小車を以て、諸子等に与うべからず、今此の幼童は、皆是れ吾が子にして、愛偏党無し、我是の如き七宝の大車有り、其の数無量なり、応当に等心にして、各各之に与うべし、宜しく差別すべからず、と。所以は何ん。我が此の物を以て、一国に周給すとも、猶尚匱しからず、何に況んや諸子をや、と。是の時、諸子各大車に乗り、未曽有なることを得、本の望む所に非ず。」 「舎利弗、汝が意に於いて云何、是の長者、等しく諸子に珍宝の大車を与うるは、寧ろ虚妄有りや否や。」舎利弗言さく、「不なり、世尊、是の長者は、但諸子をして火難を免れ、其の軀命を全うせしむ、虚妄と為すに非ず。何を以ての故に。若し身命を全うせば、便ち已に玩好の具を得たりと為す、況んや復方便して、彼の火宅に於いて之を抜済せるをや。世尊、若し是の長者、乃至最小の一車をも与えずとも、猶虚妄ならず。何を以ての故に。是の長者、先に是の意を作せり、『我方便を以て、子をして出づることを得しむ』と。是の因縁を以て、虚妄無きなり。何に況んや長者、自ら財富無量なるを知り、諸子を饒益せんと欲して、等しく大車を与うるをや。」
現代語訳
「舎利弗よ、そのとき長者は、子どもたちに、等しく一つずつの大きな車を与えました。その車は高く広く、多くの宝で飾られ、周りに欄干をめぐらし、四面に鈴を懸けていました。またその上に天蓋を張り、珍しい雑宝で飾り、宝の縄が交わり、花の飾りを垂らし、重ねて美しい敷物を敷き、赤い枕を置いてあります。これに白い牛をつないでいます。その毛並みは艶やかで清らかで、姿が美しく、大きな力があり、歩みは平らで正しく、その速さは風のようです。また多くの従者がいて、これを守り仕えます。なぜかといえば、この大長者は財産が無量で、さまざまな蔵がすべて満ちあふれていたからです。そして思いました。私の財物は尽きることがない。劣った小さな車を子どもたちに与えてはならない。この幼い子どもたちは皆私の子であり、愛に偏りがない。私にはこのような七宝の大車があり、その数は無量だ。等しい心で、それぞれに与えるべきで、差別してはならない。なぜなら、私のこの物を一国に配っても、まだ尽きない。まして子どもたちならなおさらだ、と。そのとき、子どもたちはそれぞれ大車に乗り、かつてない思いを得ました。それはもともとの望みを超えたものでした。」 「舎利弗よ、あなたはどう思うか。この長者が、等しく子どもたちに珍宝の大車を与えたのは、偽りがあるだろうか。」舎利弗は言いました。「いいえ、世尊。この長者は、ただ子どもたちに火の難を免れさせ、その命を全うさせただけで、偽りではありません。なぜなら、もし身命を全うしたなら、それですでに遊び道具を得たことになります。まして方便をもって、あの火の家から救い出したのです。世尊、もしこの長者が、最も小さな車の一台すら与えなかったとしても、なお偽りではありません。なぜなら、この長者は、先に、私は方便で子を出させよう、という考えを持っていたからです。この因縁により、偽りはありません。まして長者が自分の財産が無量であることを知り、子どもたちに利益を与えようとして、等しく大車を与えたのならなおさらです。」
解説

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