法華経 / 譬喻品第三(7)
「舍利弗,若國邑聚落,有大長者、其年衰邁,財富無量,多有田宅、及諸僮仆。其家廣大,唯有一門,多諸人眾,一百、二百、乃至五百人、止住其中。堂閣朽故,牆壁隤落,柱根腐敗,梁棟傾危,周匝俱時、欻然火起,焚燒舍宅。長者諸子,若十、二十、或至三十、在此宅中。長者見是大火從四面起,即大驚怖,而作是念:『我雖能於此所燒之門、安隱得出,而諸子等,於火宅內、樂著嬉戲,不覺不知,不驚不怖,火來逼身,苦痛切己,心不厭患,無求出意。』」 「舍利弗,是長者作是思惟:『我身手有力,當以衣祴、若以幾案、從舍出之。』復更思惟:『是舍、唯有一門,而復狹小。諸子幼稚,未有所識,戀著戲處,或當墮落,為火所燒。我當為說怖畏之事,此舍已燒,宜時疾出,勿令為火之所燒害。』作是念已,如所思惟,具告諸子,汝等速出。父雖憐愍、善言誘喻,而諸子等樂著嬉戲,不肯信受,不驚不畏,了無出心。亦復不知何者是火,何者為舍,云何為失,但東西走戲、視父而已。」
新字:「舎利弗,若国邑聚落,有大長者、其年衰邁,財富無量,多有田宅、及諸僮仆。其家広大,唯有一門,多諸人衆,一百、二百、乃至五百人、止住其中。堂閣朽故,牆壁隤落,柱根腐敗,梁棟傾危,周匝倶時、欻然火起,焚焼舎宅。長者諸子,若十、二十、或至三十、在此宅中。長者見是大火従四面起,即大驚怖,而作是念:『我雖能於此所焼之門、安隠得出,而諸子等,於火宅内、楽著嬉戯,不覚不知,不驚不怖,火来逼身,苦痛切己,心不厭患,無求出意。』」 「舎利弗,是長者作是思惟:『我身手有力,当以衣祴、若以幾案、従舎出之。』復更思惟:『是舎、唯有一門,而復狭小。諸子幼稚,未有所識,恋著戯処,或当堕落,為火所焼。我当為説怖畏之事,此舎已焼,宜時疾出,勿令為火之所焼害。』作是念已,如所思惟,具告諸子,汝等速出。父雖憐愍、善言誘喩,而諸子等楽著嬉戯,不肯信受,不驚不畏,了無出心。亦復不知何者是火,何者為舎,云何為失,但東西走戯、視父而已。」
書き下し
「舎利弗、若し国邑聚落に、大長者有り、其の年衰邁にして、財富無量、多く田宅、及び諸の僮僕有り。其の家広大にして、唯一門のみ有り、多くの人衆、一百、二百、乃至五百人、其の中に止住す。堂閣朽故し、牆壁隤落し、柱根腐敗し、梁棟傾危して、周匝して倶時に、欻然として火起こり、舎宅を焚焼す。長者の諸子、若しは十、二十、或いは三十に至るまで、此の宅の中に在り。長者是の大火の四面より起こるを見て、即ち大いに驚怖し、是の念を作す、『我は此の焼くる所の門より、安穏に出づることを得と雖も、而も諸子等は、火宅の内に於いて、嬉戯に楽著し、覚らず知らず、驚かず怖れず、火来たりて身に逼り、苦痛己に切なるも、心に厭患せず、出づる意を求むること無し』と。」 「舎利弗、是の長者是の思惟を作す、『我が身手に力有り、当に衣祴を以て、若しは几案を以て、舎より之を出だすべし』と。復更に思惟す、『是の舎は、唯一門のみ有りて、復狭小なり。諸子は幼稚にして、未だ識る所有らず、戯処に恋著し、或いは当に墮落して、火の為に焼かるべし。我当に為に怖畏の事を説き、此の舎已に焼く、宜しく時に疾く出づべし、火の為に焼害せらしむること勿れと言うべし』と。是の念を作し已りて、思惟する所の如く、具さに諸子に告ぐ、汝等速やかに出でよ、と。父憐愍して、善言をもて誘喩すと雖も、而も諸子等は嬉戯に楽著し、信受を肯んぜず、驚かず畏れず、了に出づる心無し。亦復何者か是れ火、何者か是れ舎、云何なるを失と為すかを知らず、但東西に走戯して、父を視るのみ。」
現代語訳
「舎利弗よ、ある国や町や村に、大いなる長者がいたとします。年は衰えて老い、財産は無量で、田畑や屋敷、使用人が多くいます。その家は広大でしたが、門はただ一つしかなく、多くの人々、百人、二百人、あるいは五百人が、その中に住んでいます。堂や楼閣は古びて朽ち、壁は崩れ落ち、柱の根は腐り、梁や棟は傾き危うく、あたり一面に突然火が起こり、家を焼き始めました。長者の子どもたち、十人、二十人、あるいは三十人が、この家の中にいました。長者はこの大火が四方から起こるのを見て、たいへん驚き恐れ、こう思いました。私はこの燃える門から安全に出ることができる。しかし子どもたちは火の家の中で遊びに夢中になり、気づかず知らず、驚かず恐れず、火が身に迫って苦痛が己に切迫しても、心にいとわず、出ようとする気持ちを持たない、と。」 「舎利弗よ、この長者はこう考えました。私は身も手も力がある。衣のすそでも、机でも使って、子どもたちを家から運び出そう。しかしまた考えました。この家は門が一つしかなく、しかも狭い。子どもたちは幼く、物事がわからず、遊び場に執着している。あるいは落ちて、火に焼かれるかもしれない。私は恐ろしいことを話して聞かせよう。この家はもう燃えている、すぐに出なさい、火に焼かれてはいけない、と。そう思って、考えたとおり、子どもたちにくわしく告げました。あなたたち、早く出なさい。父は憐れんで、やさしい言葉で諭しましたが、子どもたちは遊びに夢中になり、信じ受け入れようとせず、驚きも恐れもせず、出ようという心がまったくありません。また何が火か、何が家か、何が失うことかも知らず、ただ東西に走り回って遊びながら、父を見るだけでした。」
解説

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『新論』序論今、天下の為に其の大計を論ずれば、天下の人、愕然として相顧み、驚怪せざるは莫し。旧聞に溺れて故見に狃るればなり。兵法に曰く、「其の来らざるを恃むこと無く、吾の以て之を待つ有るを恃め。其の攻めざるを恃むこと無く、吾の攻むべからざる所有るを恃め」と。然らば則ち吾をして治化洽浹し、風俗淳美、上下義を守り、民富み兵足り、強寇大敵と雖も之に応じて遺算無からしむれば則ち可なり。若し猶ほ未だしくんば、則ち其の自ら遑あり自ら逸する者、果して何をか恃む所ぞや。而るに論者皆謂ふ、「彼は蛮夷なり、商舶なり、漁船なり、深患大禍を為す者に非ず」と。是れ其の恃む所の者は、来らざるなり、攻めざるなり。恃む所彼に在りて我に在らず。如し吾の之を恃む所以の者と攻むべからざる所の者とを問へば、則ち茫乎として之を能く知る莫きなり。嗟夫、天地の誣罔を免るるを見んと欲すとも、将た何れの時にか之を期せんや。
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葉隠・聞書第一大難大変(だいなんたいへん)に逢うても動転せぬといふは、まだしきなり。大変に逢うては歓喜踊躍(かんきゆやく)して勇み進むべきなり。一関(いっかん)越えたる所なり。「水増されば船高し。」といふが如し。
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『新論』國體上夫れ英雄の天下を鼓舞するや、唯民の動かざるを恐れ、庸人の一時を糊塗するや、唯民の或は動くを恐る。故に務めて昇平を粉飾し、虜をして眼前に陸梁せしむるも、猶ほ称して漁商と為し、上下相蒙蔽して、適に以て寇を玩び禍を畜ふるに足る。而して高拱端睨し、糊塗して自ら智とし、将に相率ゐて自ら不測の淵に趣かんとす。亦憫むべきなり。苟くも稍心性智識を存する者は、誰か声を呑みて窃かに之を嘆ぜざらんや。今幕府断然として天下に明令し、虜を見れば必ず之を摧かしめ、公然として天下と之を同仇す。而して令布くこと一日、天下智愚と無く、臂を攘ひて令に趨かんと欲せざるは莫し。天下人心の磨滅すべからざること此くの如し。夫れ方今天下に封建の勢有る者は、固より太祖の治を制する所以なり。東照宮の忠孝を以て基を立つる者は、天祖の彝訓を垂るる所以なり。苟くも能く人心の磨滅すべからざる者に因りて、之が規制を立て、神聖の天下を経綸する所以の意に原づき、土地を経し人民を制し、君臣の義を正し、父子の親を敦くし、天下を範囲して、以て一身と為さば、豈甚だ為し難からんや。此れ乃ち千載の一時、必ず失ふべからざるの機なり。臣是を以て弊の宜しく革むべき者を審かにせんと欲して、時勢の変に眷眷たらざるを得ざるなり。
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『墨子』七患子墨子曰く、國に七患有り。七患なる者は何ぞ。城郭溝池、守る可からずして、宫室を治む、一の患なり。邊寇、境に至るも、四鄰救う莫し、二の患なり。先ず民力を無用の功に盡くし、無能の人に賞賜し、民力、無用に盡き、財寳、侍客に虚し、三の患なり。仕うる者は祿を待ち、游ぶ者は反るを思い、君は法を脩めて臣を討ち、臣は懾れて敢えて拂らわず、四の患なり。君、自ら以て聖智と為して事を問わず、自ら以て安彊と為して守備無く、四鄰、之を謀るも戒を知らず、五の患なり。言う所は忠ならず、忠とする所は信ならず、六の患なり。畜え種うる菽粟、以て之を食らわすに足らず、大臣、事を治むるに足らず、賞賜は喜ばしむる能わず、誅罰は威らしむる能わず、七の患なり。七患を以て國に居らば、必ず社稷無からん。七患を以て城を守らば、敵至りて國傾かん。七患の當たる所、國に必ず殃有り。
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『新論』國體中論者徒に治強の跡を見て、衰弱の勢を忘れ、頑然として視ること猶文禄・慶長の旧のごとし。何ぞ其れ惑へるや。今虜は犬羊の性、与に長短を較ぶるに足らずと雖も、而も其の俗残忍にして、日に干戈を尋ね、勢、其の民を愚弱にして以て自ら国を立つるを得ず。故に闔国皆籍して兵と為すべく、又海外の諸蛮を徴役す。未だ侮りて以て寡と為すべからざるなり。各国戦争し、民兵に習ふ。未だ侮りて以て弱と為すべからざるなり。妖教を用ゐて以て其の民を誘ひ、民心皆一にして、以て戦ふに足る。巨艦大砲は固より其の長技にして、以て人を嚇すに足る。是に由りて毎に海上に雄視し、其の呑噬を逞しくす。未だ侮りて以て愚と為すべからざるなり。而して今之に応ぜんと欲するに、豈に徒に自ら愚にし自ら弱くするの余謀を恃み、安坐高枕して変通する所無かるべけんや。民を愚にし兵を弱くするは、治を為すの奇策なりと雖も、而も利の在る所、弊も亦之に随ふ。之を矯めざるを得ず。今幕府の議、既に虜を擯くに決す。則ち寡を転じて衆と為し、弱を更めて強と為すは、其の勢の已むを得べからざる者なり。