抱朴子外篇 / 自敘
或以譏洪,洪答曰:「我身在我者也,法當易知。設令有人問我,使自比古人,及同時令我自求輩,則我實不能自知,可與誰為匹也。況非我,安可為取而評定之耶?漢末俗弊,朋黨分部,許子將之徒,以口舌取戒。爭訟論議,門宗成讎。故汝南人士無復定價而有月旦之評。魏武帝深亦疾之,欲取其首,爾乃奔波亡走,殆至屠滅。前鑒不遠,可以得師矣。且人之未易知也,雖父兄不必盡子弟也,同乎我者遽是乎?異於我者遽非乎?或有始無卒,唐堯、公旦、仲尼、季札,皆有不全得之恨,無以近人信其嘍嘍管見熒燭之明,而輕評人物。是皆賣彼上聖大賢乎?」
新字:或以譏洪,洪答曰:「我身在我者也,法当易知。設令有人問我,使自比古人,及同時令我自求輩,則我実不能自知,可与誰為匹也。況非我,安可為取而評定之耶?漢末俗弊,朋党分部,許子将之徒,以口舌取戒。争訟論議,門宗成讎。故汝南人士無復定価而有月旦之評。魏武帝深亦疾之,欲取其首,爾乃奔波亡走,殆至屠滅。前鑒不遠,可以得師矣。且人之未易知也,雖父兄不必尽子弟也,同乎我者遽是乎?異於我者遽非乎?或有始無卒,唐堯、公旦、仲尼、季札,皆有不全得之恨,無以近人信其嘍嘍管見熒燭之明,而軽評人物。是皆売彼上聖大賢乎?」
書き下し
或いは以て洪を譏る。洪は答えて曰く、「我が身は我に在る者にして、法として当に知り易かるべし。設令人有りて我に問い、自ら古人に比せしめ、及び同時に我をして自ら輩を求めしめば、則ち我は実に自ら知る能わず、誰と匹と為す可きかを。況んや我に非ざるを、安んぞ為に取りて之を評定す可けんや。漢末の俗は弊れ、朋党は部を分かち、許子将の徒は、口舌を以て戒めを取る。争訟論議し、門宗は讐と成る。故に汝南の人士は復た定価無くして月旦の評有り。魏武帝は深く亦た之を疾み、其の首を取らんと欲し、爾して乃ち奔波亡走し、殆ど屠滅に至る。前鑑は遠からず、以て師を得可し。且つ人の未だ知り易からざるや、父兄と雖も必ずしも尽くは子弟を知らず。我に同じき者は遽に是なるか、我に異なる者は遽に非なるか。或いは始め有りて卒り無し。唐尭・公旦・仲尼・季札も、皆な全くは得ざるの恨み有り。近人の嘍嘍たる管見・熒燭の明を以て、軽々しく人物を評するを信ずる無し。是れ皆な彼の上聖大賢を売るなり」と。
現代語訳
ある人がこれを理由に私を譏った。私は答えて言った。「我が身は我にあるものだから、道理として知りやすいはずだ。仮に人がいて私に問い、自分を古人に比べさせ、同時代の者の中で自分の仲間を求めさせたとしても、私は実際に自分でわからない。誰を自分の匹敵とすべきかを。まして私でない人を、どうして取り上げて評定できようか。漢末の風俗は乱れ、朋党は部を分け、許子将の仲間は、口舌によって戒めを受けた。争訟し論議し、一門が讐となった。だから汝南の人士にはもはや定価がなく、月旦の評があった。魏の武帝はこれを深く憎み、その首を取ろうとし、許劭は奔走して逃げ、あやうく殺し尽くされるところであった。前の鑑は遠くない。師とするに足る。そもそも人は知りやすくなく、父兄でも子弟のすべてを知るわけではない。私と同じ者がすぐに正しいのか、私と異なる者がすぐに誤りなのか。初めがあっても終わりがない者もいる。堯、周公旦、孔子、季札も、みな全うできなかった恨みがある。近くの人の、うるさい管見や、蛍や燭の程度の明かりで、軽々しく人物を評するのは信じられない。これはみな、あの上聖大賢を売るものである」と。
解説
この章句が説くこと
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