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抱朴子外篇 / 窮達

「漢之末年,吳之季世,則不然焉。舉士也,必附己者為前;取人也,必多黨者為決;而附己者不必足進之器也,同乎我,故不能遺焉;而多黨者不必逸群之才也,信衆口,故謂其可焉。或信此之庸猥,而不能遣所念之近情;或識彼之英異,而不能平心於至公。於是釋銓衡,而以疏數為輕重矣;棄度量,而以綸集為多少矣。於時之所謂雅人高韻,秉國之鈞,黜陟決己,褒貶由口者,鮮哉免乎斯累也。又況於胸中率有憎獨立,疾非黨,忌勝己,忽寒素者乎?悲夫!邈俗之士,不群之人,所以比肩不遇,不可勝計,或抑頓於藪澤,或立朝而斥退也。

新字:「漢之末年,呉之季世,則不然焉。舉士也,必附己者為前;取人也,必多党者為決;而附己者不必足進之器也,同乎我,故不能遺焉;而多党者不必逸群之才也,信衆口,故謂其可焉。或信此之庸猥,而不能遣所念之近情;或識彼之英異,而不能平心於至公。於是釈銓衡,而以疏数為軽重矣;棄度量,而以綸集為多少矣。於時之所謂雅人高韻,秉国之鈞,黜陟決己,褒貶由口者,鮮哉免乎斯累也。又況於胸中率有憎独立,疾非党,忌勝己,忽寒素者乎?悲夫!邈俗之士,不群之人,所以比肩不遇,不可勝計,或抑頓於藪沢,或立朝而斥退也。

書き下し

「漢の末年、呉の季世は、則ち然らず。士を挙ぐるや、必ず己に附く者を前とし、人を取るや、必ず党多き者を決とす。而るに己に附く者は必ずしも進むるに足るの器ならず、我に同じきが故に遺つる能わず。党多き者は必ずしも逸群の才ならず、衆口を信ずるが故に其の可なりと謂う。或いは此の庸猥を信じて、念う所の近情を遣る能わず。或いは彼の英異を識れども、心を至公に平らかにする能わず。是に於いて銓衡を釈て、疏数を以て軽重と為し、度量を棄てて、綸集の多少を以て為す。時の所謂雅人高韻、国の鈞を秉り、黜陟己に決し、褒貶口に由る者は、鮮し斯の累を免れんことを。又た況んや胸中に率ね独立を憎み、非党を疾み、己に勝るを忌み、寒素を忽にする者有るをや。悲しきかな。邈俗の士、不群の人の、肩を比べて遇わざる所以は、勝げて計う可からず、或いは藪沢に抑頓せられ、或いは朝に立ちて斥退せらるるなり。

現代語訳

「漢の末年や呉の末世はそうではなかった。士を推挙する時は、必ず自分に付き従う者を先にし、人を採る時は、必ず徒党の多い者を決め手とした。しかし自分に付く者が必ずしも進めるに足る器ではなくても、自分と同じであるために捨てられない。徒党の多い者が必ずしも抜きん出た才ではなくても、衆人の口を信じるために良いとする。この凡庸な者を信じて、親しい情を捨てられない者もおり、あの優れた者を見抜いても、心を至公に保てない者もいる。こうして秤を捨て、親疎の度合いで軽重を決め、物差しを棄てて、集まる縁故の多寡で決める。当時のいわゆる雅人で高い風韻を持ち、国政の鈞を握り、昇降を自分で決め、褒貶を口一つで下す者は、この累から免れることが稀だった。まして胸中に独立の者を憎み、党に属さない者を妬み、自分に勝る者を忌み、寒門の者を軽んじる心を持つ者はなおさらである。悲しいことだ。世俗を超えた士や群れない人が、肩を並べて不遇である例は数えきれず、野に押さえつけられ、あるいは朝廷に立ちながら退けられたのである。

解説

漢末と呉の末世の人事が、「己に附く者」と「党多き者」を基準に動いたことを批判します。ここで挙げる欠陥は二つで、同じ側だから切れないことと、周囲の声が多いから良いと決めること。結果として、「疏数を以て軽重と為し」、親疎や縁故の数が評価の物差しになります。現代でもそのまま当てはまり、上司に近い人、社内に味方の多い人が評価されやすくなります。人事の席では、候補者が自分にとって近い人かどうかと、仕事の力とを分けて話すだけでも、秤の狂いが減ります。自分が独立の者を疎んじていないかも確かめる材料です。

この章句が説くこと

疏数を以て軽重と為し己に附く者を前とし党多き者を決とす独立を憎み非党を疾み縁故

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