言志四録 / 言志耋録 第百七十九条 人に於て愛憎有るは不可
於物有愛憎。尙可。於人有愛憎。則不可。
新字:於物有愛憎。尚可。於人有愛憎。則不可。
書き下し
物に於て愛憎有るは、尚ほ可なり。人に於て愛憎有るは、則ち不可なり。
現代語訳
物に対して好き嫌いがあるのは、まだよい。人に対して好き嫌いがあるのは、いけない。
解説
短い対句で、好悪の感情の置きどころを区別した条です。食べ物や道具、趣味の好き嫌いは誰にでもあり、それで他人を害することはまずありません。しかし人に対して好き嫌いを持ち込むと、判断が曲がり、ひいきや冷遇が生まれ、周囲の人心を損ないます。『大学』には「其の愛する所に之いて辟す」とあり、人は愛憎によって偏ると戒めています。一斎は昌平坂学問所で多くの門人を預かる立場にあり、教える者が人の好き嫌いを表に出す害をよく知っていたはずです。もちろん感情そのものを消すことは難しいでしょう。それでも、人事や評価の場で自分の好悪がどこまで判断に入り込んでいるかを点検することはできます。
この章句が説くこと
愛憎公平好悪人事心術
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