抱朴子外篇 / 詰鮑
夫谷帛積則民有饑寒之儉,百官備則坐靡供奉之費,宿衛有徒食之眾,百姓養遊手之人,民乏衣食,自給已劇,況加賦斂,重以苦役,下不堪命,且凍且饑,冒法斯濫,於是乎在。王者憂勞於上,臺鼎顰戚頁於下,臨深履薄,懼禍之及。恐智勇之不用,故厚爵重祿以誘之;恐奸釁之不虞,故嚴城深池以備之。而不知祿厚則民匱而臣騎,城嚴則役重而攻巧。故散鹿臺之金,發鉅橋之粟,莫不歡然;況乎本不聚金,而不斂民粟乎?休牛桃林,放馬華山,載戢幹戈,載櫜弓矢,猶以為泰;況乎本無軍旅,而不戰不戍乎?茅茨土階,棄織拔葵,雜囊為幃,濯裘布被,妾不衣帛,馬不秣粟,儉以率物,以為美談,所謂盜跖分財,取少為讓,陸處之魚,相煦以沫也。
新字:夫谷帛積則民有饑寒之倹,百官備則坐靡供奉之費,宿衛有徒食之衆,百姓養遊手之人,民乏衣食,自給已劇,況加賦斂,重以苦役,下不堪命,且凍且饑,冒法斯濫,於是乎在。王者憂労於上,台鼎顰戚頁於下,臨深履薄,懼禍之及。恐智勇之不用,故厚爵重禄以誘之;恐奸釁之不虞,故厳城深池以備之。而不知禄厚則民匱而臣騎,城厳則役重而攻巧。故散鹿台之金,発鉅橋之粟,莫不歓然;況乎本不聚金,而不斂民粟乎?休牛桃林,放馬華山,載戢幹戈,載櫜弓矢,猶以為泰;況乎本無軍旅,而不戦不戍乎?茅茨土階,棄織抜葵,雑嚢為幃,濯裘布被,妾不衣帛,馬不秣粟,倹以率物,以為美談,所謂盗跖分財,取少為譲,陸処之魚,相煦以沫也。
書き下し
夫れ谷帛積めば則ち民に饑寒の倹有り、百官備われば則ち坐して供奉の費を靡し、宿衛に徒食の衆有り、百姓に遊手の人を養う。民の衣食に乏しきは、自給すら已に劇し。況んや賦斂を加え、重ぬるに苦役を以てするをや。下は命に堪えず、且つ凍え且つ饑え、法を冒すこと斯に濫なり、是に於いて在り。王者は上に憂労し、台鼎は下に顰戚し、深きに臨み薄きを履み、禍の及ぶを懼る。智勇の用いられざるを恐る、故に厚爵重禄以て之を誘う。奸釁の不虞を恐る、故に厳城深池以て之に備う。而るに知らず、禄厚ければ則ち民匱しくして臣騎り、城厳しければ則ち役重くして攻巧みなるを。故に鹿台の金を散じ、鉅橋の粟を発すれば、歓然たらざる莫し。況んや本より金を聚めず、民粟を斂めざるをや。牛を桃林に休め、馬を華山に放ち、載ち幹戈を戢め、載ち弓矢を櫜むるすら、猶お以て泰と為す。況んや本より軍旅無く、戦わず戍らざるをや。茅茨土階、織を棄て葵を抜き、囊を雑えて幃と為し、裘を濯い布被し、妾は帛を衣ず、馬は粟を秣わず、倹以て物を率い、以て美談と為す。所謂盜跖の財を分かち、少なきを取るを譲と為し、陸処の魚の、相い煦むるに沫を以てするなり。
現代語訳
穀物や絹が積み上がれば民は飢えと寒さに苦しみ、百官が整えば座して供奉の費えを使い、宿衛には無為に食らう者が多く、民は働かない者を養うことになる。民の衣食は乏しく、自給するだけですでに厳しい。まして租税を重ね、さらに苦しい労役を加えるならなおさらだ。下は命に耐えられず、凍え飢えて、法を犯すことがはびこるのは、ここにある。王者は上で憂い労し、大臣は下で眉をひそめ、深い淵に臨み薄い氷を履むようにして、禍の及ぶことを恐れる。智勇の士が用いられないことを恐れる、だから高い爵位と手厚い俸禄でこれを誘う。悪人の隙を思いがけず突かれることを恐れる、だから厳重な城と深い堀でこれに備える。しかし知らないのだ、俸禄が厚ければ民は乏しくなって臣は驕り、城が厳しければ労役が重くなって攻める者が巧みになることを。だから鹿台の金を散じ、鉅橋の粟を放てば、喜ばない者はいない。まして、はじめから金を集めず、民の粟を取り立てなければなおさらだ。牛を桃林に休ませ、馬を華山に放ち、武器を収め、弓矢を袋に納めるだけでも、安泰としたのだ。まして、はじめから軍がなく、戦わず守りにつかなければなおさらだ。茅葺き屋根と土の階段、織りを捨てて葵の葉を抜き、袋を繋いでとばりとし、衣を洗って布の夜具で寝て、妾は絹を着ず、馬は粟を食わず、倹約で人を率いてこれを美談とする。これこそ盗跖が盗んだ財を分けて少なく取るのを譲だとし、陸に上がった魚が互いに泡で潤し合うようなものだ。
解説
この章句が説くこと
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