抱朴子外篇 / 彈禰
衡索紙筆,便更書之,眾所作有十余通,衡凡一歷視之而已,暗記書之,畢以還表。表以還主,或有錄所作之本也,以比校之,無一字錯,乃各大驚。表乃請衡更作,衡即作成,手不停輟,表甚以以為佳而施用焉。衡驕傲轉甚,一州人士,莫不憎恚,而表亦不復堪,欲殺之。或諫以為曹公名為嚴酷,猶能容忍,衡少有虛名,若一朝殺之,則天下遊士,莫復擬足於荊楚者也。表遂遣之。衡走到夏口,依將軍黃祖,祖待以上賓。祖大兒黃射,與衡偕行,過人墓下,俱讀碑銘一過而去。
新字:衡索紙筆,便更書之,衆所作有十余通,衡凡一歴視之而已,暗記書之,畢以還表。表以還主,或有録所作之本也,以比校之,無一字錯,乃各大驚。表乃請衡更作,衡即作成,手不停輟,表甚以以為佳而施用焉。衡驕傲転甚,一州人士,莫不憎恚,而表亦不復堪,欲殺之。或諫以為曹公名為厳酷,猶能容忍,衡少有虚名,若一朝殺之,則天下遊士,莫復擬足於荊楚者也。表遂遣之。衡走到夏口,依将軍黄祖,祖待以上賓。祖大児黄射,与衡偕行,過人墓下,倶読碑銘一過而去。
書き下し
衡紙筆を索め、便ち更めて之を書く。衆の作る所十余通、衡は凡そ一たび歴視するのみ、暗記して之を書き、畢りて以て表に還す。表は以て主に還し、或いは作る所の本を録する有り、以て之を比校するに、一字の錯も無し、乃ち各おの大いに驚く。表は乃ち衡に請いて更に作らしむ。衡は即ち作り成し、手は停輟せず、表は甚だ以て佳しと為して施用す。衡の驕傲は転た甚だしく、一州の人士、憎恚せざる莫く、表も亦た復た堪えず、之を殺さんと欲す。或いは諫めて以為えらく、曹公は名ばかり厳酷なれども、猶お能く容忍す、衡は少くして虚名有り、若し一朝にして之を殺さば、則ち天下の遊士、復た足を荊楚に擬する者莫からん、と。表は遂に之を遣わす。衡は走りて夏口に到り、将軍黄祖に依る。祖は待するに上賓を以てす。祖の大児黄射は、衡と偕に行き、人の墓下を過ぎ、倶に碑銘を読むこと一過して去る。
現代語訳
禰衡は紙と筆を求め、すぐに改めて書いた。人々が作った十数通の草稿を、禰衡はひと通り目を通しただけで、暗記して書き上げ、書き終えると劉表に返した。劉表はそれを主君(孫権に送る側)に回したが、他の作った本を写し取っていた者がいて、それと比べ合わせると一字の間違いもなかった。みなそれぞれ大いに驚いた。劉表は禰衡に頼んで改めて作らせた。禰衡はたちまち書き上げ、手を止めることがなく、劉表はたいへん良いと思って用いた。禰衡の驕りは次第にひどくなり、荊州の人士は憎み怒らない者がなく、劉表もまた耐えられなくなって、彼を殺そうとした。ある人が諫めて言った。「曹公は厳酷だと評判でも、なお彼を容れました。禰衡は若くして虚名があり、もし一朝にして殺せば、天下の遊説の士は、誰も荊楚に足を踏み入れなくなるでしょう」と。劉表はそこで彼を去らせた。禰衡は夏口へ行き、将軍の黄祖を頼った。黄祖は上賓の待遇で迎えた。黄祖の長男の黄射は、禰衡と一緒に出かけ、ある人の墓のそばを通りかかり、二人ともその碑銘を一度読んで去った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』文公九年 越椒、幣を執りて傲る春、王の正月、己酉、賊をして先克を殺さしむ。乙丑、晉人先都・梁益耳を殺す。毛伯衛來りて金を求む、禮に非ざるなり。王命を書せざるは、未だ葬らざればなり。二月、莊叔周に如きて襄王を葬る。三月、甲戌、晉人箕鄭父・士縠・蒯得を殺す。范山楚子に言ふ、「晉君少くして、諸侯に在らず、北方圖る可きなり」と。楚子狼淵に師して以って鄭を伐ち、公子堅・公子尨、及び樂耳を囚ふ。鄭楚と平ぐ。公子遂晉の趙盾・宋の華耦・衛の孔達・許の大夫に會し、鄭を救ふ、楚の師に及ばず。卿を書せざるは、緩なればなり、以って不恪を懲らすなり。夏、楚陳を侵し、壺丘に克つ、其の晉に服するを以ってなり。秋、楚の公子朱東夷より陳を伐つ、陳人之を敗り、公子茷を獲たり。陳懼れ、乃ち楚と平ぐ。冬、楚の子越椒來聘す、幣を執りて傲る。叔仲惠伯曰く、「是れ必ず若敖氏の宗を滅ぼさん。其の先君に傲る、神福せざるなり」と。秦人來りて僖公・成風の襚(すい)を歸る、禮なり。諸侯相弔賀するや、事に當たらずと雖も、苟も禮有らば、書す、以って舊好を忘るる無きなり。
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『春秋左氏伝』襄公二十八年 惰傲の蔡侯秋八月、大いに雩す。旱なればなり。蔡侯、晉より歸り、鄭に入る。鄭伯之を享す。不敬なり。子產曰く、「蔡侯其れ免れざらんか。日其れ此を過ぐるや、君、子展をして東門の外に迋勞せしむるに、傲れり。吾曰く、『猶ほ將に之を更めん』と。今還りて享を受けて惰る。乃ち其の心なり。小國に君として大國に事へ、而も惰傲以て己の心と為す。將に死を得んとするか。若し免れずんば、必ず其の子に由らん。其の君為るや、淫にして父ならず。僑之を聞く、是くの如き者は恆に子の禍有りと」と。孟孝伯、晉に如く。將に宋の盟の為の故に楚に如かんとするを告ぐるなり。蔡侯の晉に如くや、鄭伯、游吉をして楚に如かしむ。漢に及ぶ。楚人之を還して曰く、「宋の盟に、君實に親ら辱くす。今吾子來る。寡君謂ふ、吾子姑く還れと。吾將に馹をして奔りて諸を晉に問はしめて、以て告げんとす」と。子大叔曰く、「宋の盟に、君命じて將に小國を利し、而して亦た其の社稷を安定し、其の民人を鎮撫し、禮を以て天の休を承けしめんとす。此れ君の憲令にして、小國の望みなり。寡君是の故に吉をして其の皮幣を奉じ、
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