抱朴子外篇 / 正郭
雖有原陸,猶恐滄海橫流。吾其魚也,況可冒沖風而乘奔波乎!未若巖岫頤神,娛心彭老,優哉遊哉,聊以卒歲。』按林宗之言,其知漢之不可救,非其才之所辦審矣。法當仰隮商洛,俯泛五湖,追巢父於峻嶺,尋漁父於滄浪,若不能結蹤山客,離群獨往,則當掩景淵洿,韜鱗括囊,而乃自西徂東,席不暇溫,欲慕孔墨棲棲之事。聖者憂世,周流四方,猶為退士,所見譏彈。林宗才非應期,器不絕倫,出不能安上治民,移風易俗,入不能揮毫屬筆,祖述六藝,行自炫耀,亦既過差,收名赫赫,受饒頗多。然卒進無補於治亂,退無跡於竹帛。觀傾視汨,冰泮草靡,未有異庸人也。
新字:雖有原陸,猶恐滄海横流。吾其魚也,況可冒沖風而乗奔波乎!未若巖岫頤神,娯心彭老,優哉遊哉,聊以卒歳。』按林宗之言,其知漢之不可救,非其才之所辦審矣。法当仰隮商洛,俯泛五湖,追巣父於峻嶺,尋漁父於滄浪,若不能結蹤山客,離群独往,則当掩景淵洿,韜鱗括嚢,而乃自西徂東,席不暇温,欲慕孔墨棲棲之事。聖者憂世,周流四方,猶為退士,所見譏弾。林宗才非応期,器不絶倫,出不能安上治民,移風易俗,入不能揮毫属筆,祖述六芸,行自炫耀,亦既過差,収名赫赫,受饒頗多。然卒進無補於治乱,退無跡於竹帛。観傾視汨,冰泮草靡,未有異庸人也。
書き下し
原陸有りと雖も、猶お滄海の横流を恐る。吾れ其れ魚ならん、況んや沖風を冒して奔波に乗る可けんや。巌岫に神を頤い、彭老を心に娯しみ、優なる哉游なる哉、聊か以て歳を卒うるに若かず』と。林宗の言を按ずるに、其の漢の救う可からざるを知る、其の才の辦ずる所に非ざること審らかなり。法は当に仰ぎて商洛に隮り、俯して五湖に泛び、巣父を峻嶺に追い、漁父を滄浪に尋ぬべし。若し跡を山客に結び、群を離れて独り往く能わずんば、則ち当に景を淵洿に掩い、鱗を韜み嚢を括るべし。而るに乃ち西より徂き東し、席は温まるに暇あらず、孔墨の棲棲の事を慕わんと欲す。聖者の世を憂え、四方を周流するすら、猶お退士の為に、譏弾せらる所となる。林宗は才は期に応ずるに非ず、器は絶倫ならず、出でては上を安んじ民を治め風を移し俗を易うる能わず、入りては毫を揮い筆を属し六芸を祖述する能わず、行いは自ら炫耀して、亦既に過差、名を収むること赫赫、饒を受くること頗る多し。然れども卒に進みては治乱に補い無く、退きては竹帛に跡無し。傾くを観て汨るるを視、冰の泮け草の靡くがごとし、未だ庸人と異なること有らざるなり。
現代語訳
たとえ高原の丘があっても、なお大海の横溢を恐れる。私は魚のようなもの、まして激しい風をおかし、奔る波に乗れようか。それよりは岩穴で精神を養い、彭祖や老子を心に楽しみ、ゆったりのびのびとして、ともかく一年を終えるのがよい』と。林宗のこの言葉を考えるに、彼は漢を救えないことを知っていたのであり、それが才の及ばぬところだったのではないことは明らかである。道理から言えば、仰いで商洛の山に登り、見下ろして五湖に舟を浮かべ、巣父を高い嶺に追い、漁父を滄浪の水に尋ねるべきだった。もし山の隠者と跡を結び、群れを離れて独り行くことができないなら、淵や池に影をかくし、鱗を包み袋の口を括るようにすべきだった。それなのに西へ行き東へ行き、席の温まる間もなく、孔子や墨子が慌ただしく動き回ったことを慕おうとした。聖者が世を憂えて四方を巡っても、なお隠者に譏られた。林宗は才が時に合うわけでもなく、器も並外れておらず、出ては君を安んじ民を治めて風俗を改めることができず、退いては筆を取って六芸を祖述することもできず、行いは自らを誇示して、すでに度を越し、名を得ること輝かしく、利益を受けることも多かった。しかし結局、進んでは治乱に補うところがなく、退いては書物に跡を残していない。傾くものを見て乱れるのを眺めるのは、氷が溶け草がなびくようなもので、凡人と異なるところがない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』耕柱子墨子曰く、「言、以て行いを復するに足る者は、之を常とす。以て行いを舉ぐるに足らざる者は、常とする勿かれ。以て行いを舉ぐるに足らずして之を常とするは、是れ口を蕩かすなり」と。
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『墨子』耕柱子墨子、駱滑氂に謂いて曰く、「我れ子の勇を好むと聞く」と。駱滑氂曰く、「然り。我れ其の鄉に勇士有りと聞かば、吾れ必ず従いて之を殺さん」と。子墨子曰く、「天下、其の好む所に與して、其の惡む所を奪わんと欲せざるは莫し。今、子、其の鄉に勇士有りと聞かば、必ず従いて之を殺さんとす。是れ勇を好むに非ざるなり、是れ勇を惡むなり」と。
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説苑・說叢君子の言は寡くして實あり、小人の言は多くして虛あり。君子の學や、耳に入り、心に藏し、之を行うに身を以てす。君子の治や、見るに足らざるに始まり、及ぶべからざるに終わる。君子は福を慮ること及ばず、禍を慮ること之を百にす。君子は人を擇びて取り、人を擇ばずして與う。君子は實なること虛の如く、有ること無きが如し。
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易経・繋辞上子曰く、「君子其の室に居りて、其の言を出だすに、善なれば則ち千里の外も之に応ず。況んや其の邇(ちか)き者をや。其の室に居りて、其の言を出だすに善ならざれば、則ち千里の外も之に違(たが)う。況んや其の邇き者をや。言は身より出でて、民に加わり、行いは邇きより発して、遠きに見(あら)わる。言行は君子の枢機(すうき)なり。枢機の発するは、栄辱の主なり。言行は、君子の天地を動かす所以なり。慎まざるべけんや」と。
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『墨子』耕柱子夏の徒、子墨子に問いて曰く、「君子に鬬有りや」と。子墨子曰く、「君子に鬭無し」と。子夏の徒曰く、「狗狶すら猶お鬬有り。惡んぞ士有りて鬬無からんや」と。子墨子曰く、「傷ましいかな。言えば則ち湯・文に稱し、行えば則ち狗狶に譬う。傷ましいかな」と。
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『墨子』貴義子墨子曰く、言、以て行いを遷すに足る者は、之を常とす。以て行いを遷すに足らざる者は、常とする勿かれ。以て行いを遷して之を常とするは、是れ口を蕩かすなり。
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