説苑 / 說叢
君子之言寡而實,小人之言多而虛;君子之學也,入於耳,藏於心,行之以身;君子之治也,始於不足見,終於不可及也。君子慮福弗及,慮禍百之,君子擇人而取,不擇人而與,君子實如虛,有如無。
新字:君子之言寡而実,小人之言多而虚;君子之学也,入於耳,蔵於心,行之以身;君子之治也,始於不足見,終於不可及也。君子慮福弗及,慮禍百之,君子択人而取,不択人而与,君子実如虚,有如無。
書き下し
君子の言は寡くして實あり、小人の言は多くして虛あり。君子の學や、耳に入り、心に藏し、之を行うに身を以てす。君子の治や、見るに足らざるに始まり、及ぶべからざるに終わる。君子は福を慮ること及ばず、禍を慮ること之を百にす。君子は人を擇びて取り、人を擇ばずして與う。君子は實なること虛の如く、有ること無きが如し。
現代語訳
君子の言葉は少なくて実質が伴い、小人の言葉は多くて中身が空虚である。君子の学問は、耳から入り心に蓄えられ、それを身をもって実行する。君子の統治は、初めは取るに足らないように見えるが、最後には及びもつかないほどの高みに達する。君子は幸福については十分に得られなくてもよいと考え、災いについては百倍にも慎重に考える。君子は相手を選んで受け取り、相手を選ばずに与える。君子は実質があってもそれを空虚であるかのように見せ、豊かに持っていてもそれを何も持たないかのように振る舞う。
解説
言葉と学問、統治のあり方、福禍への構え、そして与え方・受け取り方という広範なテーマを通じて君子像を描く章である。「福を慮ること及ばず、禍を慮ること之を百にす」は、幸運については多くを望まず、災難については何倍もの警戒をするという非対称なリスク感覚を示しており、楽観と慎重のバランスの取り方として現代のリスクマネジメントにも通じる。また「實なること虛の如く、有ること無きが如し」という謙虚な自己呈示の姿勢は、実力や富を誇示せず控えめに振る舞うことの美徳を説いており、自己顕示欲が強調されがちな現代への静かな対比となる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
言行福禍の構え謙虚
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