呻吟語 / 内篇・修身・今の言行は皆な亂りに矢を放つなり
吾觀於射,而知言行矣。夫射審而後發,有定見也;滿而後發,有定力也。夫言能審滿,則言無不中;行能審滿,則行無不得。今之言行皆亂放矢也,即中,幸耳。
新字:吾観於射,而知言行矣。夫射審而後発,有定見也;満而後発,有定力也。夫言能審満,則言無不中;行能審満,則行無不得。今之言行皆乱放矢也,即中,幸耳。
書き下し
吾射に觀て、言行を知れり。夫れ射は審らかにして而る後に發す、定見有ればなり。滿ちて而る後に發す、定力有ればなり。夫れ言能く審らかに滿たば、則ち言中らざる無し。行能く審らかに滿たば、則ち行得ざる無し。今の言行は皆な亂りに矢を放つなり。即ち中るも、幸ひなるのみ。
現代語訳
私は弓を見て、言葉と行いを知りました。射は狙いを定めてから放ちます。定まった見方があるからです。弓を引き絞ってから放ちます。定まった力があるからです。言葉が狙いを定め引き絞れるなら、当たらないことはありません。行いが狙いを定め引き絞れるなら、得られないことはありません。今の言葉も行いも、みな出まかせに矢を放っているだけです。当たったとしても、まぐれにすぎません。
解説
弓の二段構えを、言葉と行いに当てはめます。狙いを定めること、引き絞ること。この二つが揃って初めて放てる、と。狙いは見方の定まりに、引き絞りは力の蓄えに対応しており、どちらが欠けても当たりません。そして今の言行は出まかせだと断じ、当たってもまぐれだと言い切ります。準備の二要素を具体的に示した一段です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
言行準備狙い力まぐれ
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