抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:神農不九疾,則四經之道不垂;大禹不胼胝,則玄珪之慶不集。故久憂為厚樂之本,暫勞為永逸之始。
新字:抱樸子曰:神農不九疾,則四経之道不垂;大禹不胼胝,則玄珪之慶不集。故久憂為厚楽之本,暫労為永逸之始。
書き下し
抱朴子曰く、神農九たび疾まざれば、則ち四経の道垂れず。大禹胼胝せざれば、則ち玄珪の慶集まらず。故に久しき憂いは厚き楽しみの本と為り、暫くの労は永き逸の始めと為る。
現代語訳
抱朴子は言う。神農が何度も病まなければ、四経の道は後世に伝わらなかった。大禹が手足にたこができるほど働かなければ、玄珪の慶びは集まらなかった。だから長い憂いは大きな楽しみの本となり、しばしの労苦は長い安楽の始まりとなる。
解説
神農が病んだ経験を重ねたから薬の道が伝わり、禹が胼胝するほど働いたから慶びが集まった、と先人の苦労を成果の源に据えます。「久しき憂いは厚き楽しみの本と為り、暫くの労は永き逸の始めと為る」。苦労の先に楽があるという単純な話ではなく、いま負担する憂いと労が、のちの余裕の元手になるという因果の説明です。若手に負荷のかかる経験を任せる、また自分が立ち上げ期の苦労を引き受ける、といった判断の根拠として使えます。ただし、苦労そのものを美化する根拠にはなりません。
この章句が説くこと
久しき憂いは厚き楽しみの本と為り暫くの労は永き逸の始めと為る大禹胼胝せざれば苦労投資先憂
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