抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:連城之寶,非貧寒所能市也;高世之器,非淺俗所能識也。然盈尺之珍,不以莫知而暗其質;逸倫之士,不以否塞而薄其節。樂天任命,何怨何尤!
新字:抱樸子曰:連城之宝,非貧寒所能市也;高世之器,非浅俗所能識也。然盈尺之珍,不以莫知而暗其質;逸倫之士,不以否塞而薄其節。楽天任命,何怨何尤!
書き下し
抱朴子曰く、連城の宝は、貧寒の能く市う所に非ず。高世の器は、浅俗の能く識る所に非ず。然れども盈尺の珍は、知る莫きを以て其の質を暗くせず。逸倫の士は、否塞を以て其の節を薄くせず。天を楽しみ命に任す、何をか怨み何をか尤めん。
現代語訳
抱朴子は言う。連城の宝は、貧しい者が買えるものではない。世に抜きんでた器は、浅薄な俗人に見分けられるものではない。しかし、一尺ほどもある珍宝は、知る者がいないからといってその本質が暗くなることはなく、人並みを超えた士は、行き詰まっているからといってその節操を薄くすることはない。天を楽しみ命に任せるのだ。何を怨み、何を咎めようか。
解説
価値は買う側の力と見る側の目に左右されます。「連城の宝」は貧者に買えず、高い器は浅い俗人に見分けられません。そこから、知られなくても本質は暗くならない、と進みます。結びの「天を楽しみ命に任す」は、諦めではなく、評価を外に求めない構えです。組織で埋もれている人を見つけるのは、見る側の眼の問題でもあります。逆に自分が評価されないときは、環境の目の高さを疑ってみる余地があります。ただし、改善の努力を放棄する口実にはなりません。
この章句が説くこと
否塞を以て其の節を薄くせず連城の宝は天を楽しみ命に任す評価節操器
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