抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:風不輟則扇不用,日不入則燭不明,華不墮則實不結,岸不虧則谷不盈。九有乂安,則韓白之功不著;長君繼軌,則伊霍之勛不成。故病困乃重良醫,世亂而貴忠貞。
新字:抱樸子曰:風不輟則扇不用,日不入則燭不明,華不堕則実不結,岸不虧則谷不盈。九有乂安,則韓白之功不著;長君継軌,則伊霍之勛不成。故病困乃重良医,世乱而貴忠貞。
書き下し
抱朴子曰く、風輟まざれば則ち扇用いられず、日入らざれば則ち燭明らかならず、華墮ちざれば則ち実結ばず、岸虧けざれば則ち谷盈たず。九有乂安なれば、則ち韓白の功著れず。長君軌を継げば、則ち伊霍の勲成らず。故に病困しみて乃ち良医を重んじ、世乱れて忠貞を貴ぶ。
現代語訳
抱朴子は言う。風がやまなければ扇は用いられず、日が沈まなければ灯火は明るく感じられず、花が落ちなければ実は結ばず、岸が崩れなければ谷は満ちない。天下がよく治まっていれば、韓信や白起の功績は現れない。成長した君主が先代の跡を継げば、伊尹や霍光の勲功は成らない。だから病が重くなってはじめて良医を重んじ、世が乱れてはじめて忠貞の士を貴ぶのである。
解説
風と扇、日と燭、花と実、岸と谷。欠けや終わりがあって初めて働きが現れる、という対を四つ重ね、そこから「世乱れて忠貞を貴ぶ」へ運びます。韓白(韓信・白起)や伊霍(伊尹・霍光)の名は、平穏な世なら功が著れない例として挙がります。平時に目立たない人材が、危機で評価される構図です。組織では、何も起きない日常を支えている人の価値が見えにくくなります。問題が起きていない状態こそ、その人たちの成果として数えたいところです。
この章句が説くこと
病困しみて乃ち良医を重んじ華堕ちざれば則ち実結ばず九有乂安なれば危機平時忠貞
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