抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:焦螟之卑棲,不肯為銜鼠之唳天;玄蟬之潔饑,不願為蜣螂之穢飽。是以禦寇不納鄭陽之惠,曾叁不美晉楚之寶。
新字:抱樸子曰:焦螟之卑棲,不肯為銜鼠之唳天;玄蝉之潔饑,不願為蜣螂之穢飽。是以禦寇不納鄭陽之恵,曽叁不美晋楚之宝。
書き下し
抱朴子曰く、焦螟の卑棲は、鼠を銜むの天に唳くを為さず。玄蟬の潔き飢えは、蜣螂の穢れたる飽きを為すを願わず。是を以て禦寇は鄭陽の恵みを納れず、曾参は晋楚の宝を美とせず。
現代語訳
抱朴子は言う。焦螟のような小さな虫の低い棲み家は、鼠をくわえて天に鳴く鳶の高い声をまねようとはしない。黒い蝉の清らかな飢えは、蜣螂の汚れた満腹を望まない。だから禦寇は鄭陽の恵みを受け入れず、曾参は晋や楚の宝を立派とは思わなかった。
解説
低い棲み家に満足する虫は、高く鳴く鳶をまねません。「玄蟬の潔き飢えは、蜣螂の穢れたる飽きを為すを願わず」と、清らかな飢えは、汚れた満腹よりもよいという対比です。禦寇や曾参の例が示すのは、他人の恵みや大国の宝を、自分の価値観に照らして断る姿勢です。条件のよい話が来たとき、金額や肩書きだけで決めると、後から自分の基準を失います。事業や転職の判断でも、何を拒むかをあらかじめ決めておくことが、自分の軸を守ります。
この章句が説くこと
玄蝉の潔き飢えは蜣螂の穢れたる飽きを為すを願わず曽参は晋楚の宝を美とせず潔基準
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