抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:堅誌者,功名之主也;不惰者,眾善之師也。登山不以艱險而止,則必臻乎峻嶺矣;積善不以窮否而怨,則必永其令問矣。
新字:抱樸子曰:堅誌者,功名之主也;不惰者,衆善之師也。登山不以艱険而止,則必臻乎峻嶺矣;積善不以窮否而怨,則必永其令問矣。
書き下し
抱朴子曰く、堅志者は、功名の主なり。惰らざる者は、衆善の師なり。山に登りて艱険を以て止まざれば、則ち必ず峻嶺に臻る。善を積みて窮否を以て怨まざれば、則ち必ず其の令問を永くす。
現代語訳
抱朴子は言う。志を堅く守る者は、功名の主である。怠けない者は、あらゆる善の師である。山に登って険しさを理由に止まらなければ、必ず高い嶺に至る。善を積んで行き詰まりや不運を恨まなければ、必ず良い評判を長く保つ。
解説
功名の主は才能ではなく「堅志」、善の師は知識ではなく「不惰」だという、実に素朴な定義です。山登りの比喩が示すのは、険しいから止まるのではなく、止まらないから頂に着くという因果です。善を積むときも、行き詰まりを怨まなければ、良い評判は長く続くと言います。仕事の成果は、才覚の差よりも、粘り強さの差で開くことが多くあります。苦しい時期にこそ、止まらない習慣を持つ人が静かに評価を積み上げていくことを、管理職は見ておきたいところです。
この章句が説くこと
堅志者は功名の主なり山に登りて艱険を以て止まざれば則ち必ず峻嶺に臻る継続志
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