抱朴子外篇 / 廣譬
抱樸子曰:朱綠之藻,不秀於枯柯;傾山之流,不發乎涸源。熠耀之宵焰,不能使萬品呈形;誌盡勢利,不能使芳風邈世。
新字:抱樸子曰:朱緑之藻,不秀於枯柯;傾山之流,不発乎涸源。熠耀之宵炎,不能使万品呈形;誌尽勢利,不能使芳風邈世。
書き下し
抱朴子曰く、朱緑の藻は、枯柯に秀でず、傾山の流れは、涸源より発せず。熠耀の宵焰は、万品をして形を呈せしむる能わず、志尽く勢利なれば、芳風をして世に邈からしむる能わず。
現代語訳
抱朴子は言う。朱や緑の鮮やかな彩りは枯れ枝には咲かず、山を傾けるほどの流れは涸れた源からは湧かない。蛍のような夜のほのかな光では、あらゆるものの形を現し出すことはできず、志がことごとく権勢と利益に向いていれば、芳しい風を世に遠く伝えることはできない。
解説
枯れ枝に鮮やかな花は咲かず、涸れた源から大河は流れません。「志尽く勢利なれば、芳風をして世に邈からしむる能わず」と、動機が権勢や利益だけに向いていると、評判も後世への影響も広がらないと述べます。蛍の光では物の形を照らせないという比喩も、小さな目先の利を追う限界を示します。仕事で人に残るのは、利益そのものよりも、その人が何を大切にしたかです。短期の数字を追いながらも、根にある志を枯らしていないかを折に触れて点検したい段です。
この章句が説くこと
傾山の流れは涸源より発せず志尽く勢利なれば芳風をして世に邈からしむる能わず志動機
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