墨子 / 魯問
魯君謂子墨子曰:「我有二子,一人者好學,一人者好分人財,孰以為太子而可?」子墨子曰:「未可知也,或所為賞興為是也。釣者之恭,非為魚賜也;䑕以蟲,非愛之也。吾願主君之合其志功而觀焉。」
新字:魯君謂子墨子曰:「我有二子,一人者好学,一人者好分人財,孰以為太子而可?」子墨子曰:「未可知也,或所為賞興為是也。釣者之恭,非為魚賜也;鼠以虫,非愛之也。吾願主君之合其志功而観焉。」
書き下し
魯君、子墨子に謂いて曰く、「我れに二子有り。一人なる者は學を好み、一人なる者は人に財を分かつを好む。孰れを以て太子と為して可ならんか」と。子墨子曰く、「未だ知る可からざるなり。或いは賞を為す所、是を為すに興らんなり。釣る者の恭なるは、魚に賜うが為に非ざるなり。䑕に蟲を以てするは、之を愛するに非ざるなり。吾れ願わくは主君の其の志と功とを合わせて觀んことを」と。
現代語訳
魯君が墨子に言った。「私には二人の子がいる。一人は学問を好み、一人は人に財を分けるのを好む。どちらを太子とすればよいか」。墨子が言った。「まだ分かりません。あるいは褒美を得るために、そうしているのかもしれない。釣り人が丁寧なのは、魚に施しをするためではありません。鼠に虫を与えるのは、鼠を愛しているからではありません。私が願うのは、あなたがその志と功とを合わせて見ることです」。
解説
目に見える行いだけでは判断できない、という助言です。釣り人の丁寧な仕草も、鼠に餌をやる行為も、目的は別のところにある。志と功を合わせて見よ、という要求は重いものですが、後継者を選び違えたときの代償を考えれば当然の要求です。人に見せるために行われた善行を、どう見分けるかという問いでもあります。見えている行いの裏に、何を狙っているかを一つずつ確かめる作業になります。
この章句が説くこと
志功動機後継判断
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人物志・八觀是の故に、其の愛敬の誠を観て、通塞の理、得て知るべきなり。何をか其の情機を観て、以て恕惑を弁ずと謂ふ。夫れ人の情に六機有り。其の欲する所を杼べれば則ち喜び、其の欲する所を杼べざれば則ち悪み、自ら代歴するを以てすれば則ち悪み、謙損を以て之に下れば則ち悦び、其の乏しき所を犯せば則ち婟(こだわ)り、悪を以て婟を犯せば則ち妒む。此れ人性の六機なり。夫れ人情は其の志を遂げんと欲せざるは莫し。故に烈士は奮力の功を楽しみ、善士は督政の訓を楽しみ、能士は治乱の事を楽しみ、術士は計策の謀を楽しみ、弁士は陵訊の辞を楽しみ、貪者は貨財の積を楽しみ、幸者は権勢の尤を楽しむ。苟くも其の志を賛すれば、則ち欣然たらざる莫し。是れ所謂其の欲する所を杼べれば則ち喜ぶなり。若し其の能くする所を杼べざれば、則ち其の志を獲ず。其の志を獲ざれば則ち戚ふ。是の故に、功力建たざれば則ち烈士奮ひ、徳行訓へられざれば則ち正人哀哀たり、政乱れて治まらざれば則ち能者歎歎たり、敵能未だ弭まざれば則ち術人思思たり、貨財積まざれば則ち貪者憂憂たり、権勢尤ならざれば則ち幸者悲しむ。是れ所謂其の能を杼べざれば則ち怨むなり。人情は前に処らんと欲せざるは莫し。故に人の自伐を悪む。自伐は、皆勝たんと欲するの類なり。是の故に、自ら其の善を伐れば則ち悪まざる莫きなり。是れ所謂自ら伐りて之を歴すれば則ち悪むなり。
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人生を、一行の式にしてみた。
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