正法眼蔵随聞記 / 巻二
亦ある人勸めて云く、佛法興隆のために關東に下向すべしと、答て云く、然らず、若し佛法に志しあらば、山川江海を渡りても來て學すべし、志ざし無らん人に、往き向ふて勸むるとも、聞き入れんこと不定なり、只我資緣のために人を誰惑せんか、亦財寶を貪らんがためか、其れは身の苦しみなれば、行かでもありなんと覺ゆるなり、
新字:亦ある人勧めて云く、仏法興隆のために関東に下向すべしと、答て云く、然らず、若し仏法に志しあらば、山川江海を渡りても来て学すべし、志ざし無らん人に、往き向ふて勧むるとも、聞き入れんこと不定なり、只我資縁のために人を誰惑せんか、亦財宝を貪らんがためか、其れは身の苦しみなれば、行かでもありなんと覚ゆるなり、
書き下し
亦ある人勧めて云く、仏法興隆のために関東に下向すべしと、答て云く、然らず、若し仏法に志しあらば、山川江海を渡りても来て学すべし、志ざし無らん人に、往き向ふて勧むるとも、聞き入れんこと不定なり、只我資縁のために人を誰惑せんか、亦財宝を貪らんがためか、其れは身の苦しみなれば、行かでもありなんと覚ゆるなり、
現代語訳
またある人が勧めて言った。仏法興隆のために関東へ下向すべきです、と。答えて言われた。そうではない。もし仏法に志があるなら、山や川、江や海を渡ってでも来て学ぶはずである。志のない人に、こちらから行き向かって勧めたとしても、聞き入れるかどうかは定かでない。ただ自分の暮らしの資のために人を惑わすのか、また財宝を貪るためか。それは身の苦しみであるから、行かなくてもよかろうと思われるのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』大取義は利、不義は害なり。志と功とを辯と為す。秦馬に有る有るは、馬に有る有るなり。來たる者の馬を智るなり。衆き世を愛すると、寡なき世を愛すると相い若く、兼愛の有ること相い若し。尚世を愛すると後世を愛すると、一に今の世の若し。人なり。鬼は人に非ざるなり。兄の鬼は、兄なり。天下の利、驩ぶ。聖人に愛有りて利無しとは、俔日の言なり、乃ち客の言なり。天下に人無しとは、子墨子の言なり。猶お在り。已むを得ずして之を欲するは、之を欲するに非ざるなり。臧を殺すに非ざるなり、専ら盜を殺すも、盜を殺すに非ざるなり。凡そ愛人を學ぶ。小圜の圜は、大圜の圜と同じ。方の尺に至りて至らざると、鍾に至らずして至るとは、異ならず。其の至らざるは同じ。逺近の謂なり。是れ璜なり、是れ玉なり。
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人物志・八觀是の故に、其の愛敬の誠を観て、通塞の理、得て知るべきなり。何をか其の情機を観て、以て恕惑を弁ずと謂ふ。夫れ人の情に六機有り。其の欲する所を杼べれば則ち喜び、其の欲する所を杼べざれば則ち悪み、自ら代歴するを以てすれば則ち悪み、謙損を以て之に下れば則ち悦び、其の乏しき所を犯せば則ち婟(こだわ)り、悪を以て婟を犯せば則ち妒む。此れ人性の六機なり。夫れ人情は其の志を遂げんと欲せざるは莫し。故に烈士は奮力の功を楽しみ、善士は督政の訓を楽しみ、能士は治乱の事を楽しみ、術士は計策の謀を楽しみ、弁士は陵訊の辞を楽しみ、貪者は貨財の積を楽しみ、幸者は権勢の尤を楽しむ。苟くも其の志を賛すれば、則ち欣然たらざる莫し。是れ所謂其の欲する所を杼べれば則ち喜ぶなり。若し其の能くする所を杼べざれば、則ち其の志を獲ず。其の志を獲ざれば則ち戚ふ。是の故に、功力建たざれば則ち烈士奮ひ、徳行訓へられざれば則ち正人哀哀たり、政乱れて治まらざれば則ち能者歎歎たり、敵能未だ弭まざれば則ち術人思思たり、貨財積まざれば則ち貪者憂憂たり、権勢尤ならざれば則ち幸者悲しむ。是れ所謂其の能を杼べざれば則ち怨むなり。人情は前に処らんと欲せざるは莫し。故に人の自伐を悪む。自伐は、皆勝たんと欲するの類なり。是の故に、自ら其の善を伐れば則ち悪まざる莫きなり。是れ所謂自ら伐りて之を歴すれば則ち悪むなり。
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『塩鉄論』大論篇文學曰く、孔子は亂世に生まれ、堯・舜の道を思い、東西南北し、頭を灼き足を濡らす。庶幾わくは世主の悟らんことをと。悠悠たる者は皆な是れなり。君は闇く、大夫は妒む。孰か合えて媒有らん。是を以て嫫母は姿を飾りて矜誇し、西子は仿徨して家無し。窮厄して用いられざるを知らざるに非ず、天下の禍を悼痛すること、猶お慈母の死子に伏するがごとし。其の如何ともす可からざるを知る、然れども已むを惡めばなり。故に齊に適けば、景公之を欺き、衛に適けば、靈公圍み、陽虎之を謗り、桓魋之を害す。夫れ聖人を欺き害する者は、愚惑なり。聖人を傷毀する者は、狂狡なり。狡惑の人は、人に非ざるなり。夫れ何の恥か之れ有らん。孟子曰く、「近臣を觀るには主とする所を以てし、遠臣を觀るには其の主とする所を以てす」と。聖人をして容を偽り茍合せしめ、行いを論ぜず友を擇ばざらしめば、則ち何を以て孔子と為さんや。
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