正法眼蔵随聞記 / 巻二
亦ある人勸めて云く、佛法興隆のために關東に下向すべしと、答て云く、然らず、若し佛法に志しあらば、山川江海を渡りても來て學すべし、志ざし無らん人に、往き向ふて勸むるとも、聞き入れんこと不定なり、只我資緣のために人を誰惑せんか、亦財寶を貪らんがためか、其れは身の苦しみなれば、行かでもありなんと覺ゆるなり、
新字:亦ある人勧めて云く、仏法興隆のために関東に下向すべしと、答て云く、然らず、若し仏法に志しあらば、山川江海を渡りても来て学すべし、志ざし無らん人に、往き向ふて勧むるとも、聞き入れんこと不定なり、只我資縁のために人を誰惑せんか、亦財宝を貪らんがためか、其れは身の苦しみなれば、行かでもありなんと覚ゆるなり、
書き下し
亦ある人勧めて云く、仏法興隆のために関東に下向すべしと、答て云く、然らず、若し仏法に志しあらば、山川江海を渡りても来て学すべし、志ざし無らん人に、往き向ふて勧むるとも、聞き入れんこと不定なり、只我資縁のために人を誰惑せんか、亦財宝を貪らんがためか、其れは身の苦しみなれば、行かでもありなんと覚ゆるなり、
現代語訳
またある人が勧めて言った。仏法興隆のために関東へ下向すべきです、と。答えて言われた。そうではない。もし仏法に志があるなら、山や川、江や海を渡ってでも来て学ぶはずである。志のない人に、こちらから行き向かって勧めたとしても、聞き入れるかどうかは定かでない。ただ自分の暮らしの資のために人を惑わすのか、また財宝を貪るためか。それは身の苦しみであるから、行かなくてもよかろうと思われるのである。
解説
布教のために出向くことを断る条である。志ある者は自ら来るという見立てを根拠に、出向く動機を疑う。自分の生活の資のためではないか、財のためではないかと、自らの側を先に点検しているところが要点で、相手の熱意を測る話ではなく、自分の動機を確かめる話になっている。前の条から続く興隆論の締めくくりにあたる。
この章句が説くこと
興隆志勧誘動機利養布教
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